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日本ベクトン・ディッキンソン 様

“頭でっかち” はつくらない!
リーダー候補の意思と視座を高める「Next Generation Academy」

人事総務本部
タレント マネジメント アソシエイトディレクター
太田至彦(おおた よしひこ)様

 

将来のリーダー候補の集団をつくる

──御社は、3年前から「Next Generation Academy(以下、NGA)」と呼ぶ次世代リーダー育成プログラムを実施されています。まず、アカデミーを始めようとお考えになった背景について伺えますか

太田ベクトン・ディッキンソン(以下、BD)は、アメリカに本社を置く121年の歴史を持つ企業です。グローバルのリーダー育成プログラムは二つあり、一つは、ポテンシャルの高い人材を選抜して育成する「アクセラレーション・プログラム」。もう一つは、リーダーのポジションに就いた人に対する「ディベロップメント・プログラム」です。
日本BDからもこれらのプログラムに人材を送っていますが、どちらも1週間ほど集中的に教育し、半年後くらいにフォローアップをして終わりになりますので、どうしても一過性になる傾向があります。

また、ターゲットとなるのは、職位階層的にもかなり上の層です。BDでは、ハイポテンシャル人材を「Potential for What」で考え、どのポジションに就くポテンシャルがあるかで4段階に分けています。例えば、1番上はグローバルのCEOになれる人材。次はワールドワイドのビジネスのトップ。その次はリージョンのトップ。最後はカントリーのトップです。しかし、皆が社長になれるわけではありませんし、その下の将来の事業部長・部長クラスも育成していかないと、リーダーシップのパイプラインが枯渇してしまいます。NGAは、そのパイプラインを太くし、将来リーダーになっていく人たちの集団をつくっていくというアイデアから生まれました。

 

──医療、医薬の分野では構造改革が進んでいますが、ビジネスの環境としてこういう要請が出てきたということはありますか。

太田直接的な答えではないかもしれませんが、当社は新卒採用をほとんど行っていません。中途採用によりさまざまなキャリアを持つ人が入社してきますが、当社に限らずヘルスケア業界は人材の動きが激しく、逆に出ていってしまう人もいます。近年は、M&Aによる統合や分割も起きています。そうしたなか、自社のバリューを理解させ、帰属意識やネットワークをつくることで、「ともにBDを支え、皆でBDをよくしていこう」という意識を醸成するねらいがあります。

──日本的な「同じ釜の飯を食った仲間」をつくるというような意味合いでしょうか。

太田当社は、各事業部が別々のビジネスモデルで動いていますので、縦割りというわけではありませんが、横の交流が少ない傾向があります。横ぐしを通して交流するプログラムもありますが、社員が自らネットワークを築き、ビジネスを超えて会社を変えていくところまでは至っていません。しかし、お客さまからするとどの事業部であるかは関係ありません。自分の事業部の製品やサービスだけでなく、BD全体の力を使ってお客さまと接していく「One BD」という考え方の浸透を図っています。

 

事業部長が参加者の視座を高め、将来のリーダーとして自覚を持たせる

──アカデミーの名称は1期生に考えさせたそうですね。

太田:1期生は、アカデミー参加に当たって「なぜ自分たちがここに呼ばれたのだろう?」と悩むと思います。そこで、意味付けは彼ら自身にしてもらうことにしました。

──人選はどのようにされたのですか。

太田: 1期では公募は行わず、各事業部や機能別組織の担当役員に、将来自分の部門やBD全体のリーダーに育ってほしい人を推薦してもらいました。マネジャー手前~なりたての人が対象で、年齢は30代後半~40代が中心です。1期は13人(うち女性1人)、2期は12人(同3~4人)、3期は15人(同5人)で、1期生の半分くらいはすでにマネジャーになっています。

 

──プログラムの内容について教えてください。

太田:キックオフでプログラムの目的を説明した後、MSCさんによるヒューマンアセスメントを行います。そして、クラスルームのセッションを月1回2日間、7カ月にわたって実施します。各クラスルームの事前・事後には宿題も出します。

全体を通した成果発表会のようなものはなく、各回の事後課題などで発表の機会を設けています。例えば、財務を学ぶセッションでは、まず事前課題として財務の基礎知識を学び、理解度を測るレポートを提出したうえで、クラスルームに臨みます。クラスでは、MSCさんの講師に、理屈より実際の事例を多く挙げていただき、ディスカッションをしながら理解を深めます。そして、ここで学んだことがBDで実際にどうなっているかを学ぶため、事後課題として、事業部の財務諸表を分析して事業部長にプレゼンテーションをします。そこで事業部長からフィードバックを受け、自分たちの視点のどこが足りないのか、経営者はどういう見方をするのかに気づかせ、次のセッションの初めに皆で振り返り、視点・視座を上げていきます。

──フィードバックをする事業部長のスキルが問われますね。

太田:BDには、「Leader teaches leaders」(リーダーがリーダーを育てる)というカルチャーがあります。事務局からは、「将来のリーダー候補が仮説をもって皆さんのところに来ますので、聞いてあげてください。そして、ただダメ出しをするのではなく、視点の違いを指摘してあげてください」とお願いしました。よかったのが、事業部長たちが楽しんでやってくれたことです。「今度、来るんだよね」と楽しみにしてくれました。そういう土壌があったので、やりやすかったです。

──企業も、参加者の視座を上げたいと考えているはずですが、それを実現するのは簡単ではありません。このようなプログラムは、「事業部長がちゃんとフィードバックできるか」と懸念して導入に踏み切れない企業も多いと思います。御社では、任せられる事業部長が多くいたのですね。

太田:2日間のクラスルームでも、必ず1人、事業部長に登壇してもらいます。例えば戦略がテーマであれば、戦略について学んだ後、最後に事業部長が来て、事業部長から見た戦略について語り、受講者と議論します。まさしくリーダーがリーダーを育てるわけです。事業部制を敷いていると、他の事業部の事業部長と話す機会はなかなかありませんから、自分がどうやって事業部長まで上がってきたかといった話もしてもらい、受講者の意欲を高めてもらいます。

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科目はミニMBA的だが、目的も内容も異なる 

──クラスルームの各回のテーマは、「戦略」「マーケティング」「人と組織」などMBA的ですが、MBAを学ばせるのであれば、学ぶ場所は社外にたくさんありますし、多くの企業はそうしています。外部で学ばせて、帰ってきてから事業部長にプレゼンさせることもできます。そうしなかった理由を伺えますか。

太田:NGAとMBAでは、ディテールがまったく違います。NGAでは、例えばマーケティングのセッションでは、STP(Segmentation、Targeting、Positioning)は教えますが、4P(Product、Price、Place、Promotion)は教えません。それよりもマーケティングとは何かという考え方、それも、事業部長や経営層が考えるマーケティングを吸収してほしいのです。財務も、損益計算書や貸借対照表を作れるようになってほしいわけではなく、例えば株主価値とは何かということを理解してほしい。戦略も、強みとは何なのかを考え、そこからどう戦略を練り上げていくのかをつかんでもらえばそれでよいのです。ですから、講師には、2日かけてSWOT(Strengths、Weaknesses、Opportunities、Threats)分析だけを教えてもらいます。戦略にもいろいろな考え方がありますが、それをカタログのように並べて見せる必要はありません。“頭でっかち”をつくりたいわけではないのです。

──外部のMBAに行かせる場合、戻ってきて、自社の実ビジネスに活かせないというのが、多くの企業の悩みです。

太田:たしかにMBAは賢い人をつくりますし、対外試合的な刺激はあります。ただ、帰ってくると、社内とのギャップがあり、辞めてしまう人も多いと聞きます。社外とのネットワークをつくる意味ではよいかもしれませんが、エンゲージメントやリテンションの視点で考えるとどうでしょうか。また、社外の言葉で覚えても、自社の言葉になっていなければ使えません。

──御社のプログラムは、MBAと捉えてはいけませんね。形はMBAで、基本的な知識は教えますが、それを使ってどう展開するかに重きを置いていると感じます。

太田:科目はミニMBA的ですが、それを使って、視点・視座を引き上げていくことを重視しています。また、その過程で、リーダーとして見られているという意識付けができ、意思・意欲が高まります。ネットワークもできてきますので、自分から周囲を巻き込んで行動を起こすようになり、互いに刺激し合いながら成長していきます。BDの次世代を担うリーダーの集団をつくることが目的ですので、そのためにも、外部のMBAに出すより、自社独自のプログラムを設け、強い連携・協働を起こしていきたいと考えました。

 

プログラム終了後も、将来のリーダーとして扱う 

──期ごとに横のつながりが強化されることは分かりましたが、卒業生と現役生とのかかわりはありますか。 

太田:1~3期を分けずに、NGAの卒業生・現役生を部長の会議などに参加させています。部長は部長で議論し、彼らは彼らだけで話し合わせると、彼らの提案のほうがアグレッシブでよいということもあります。また、海外からリーダーが来たときにダイアログの場を設けることもあります。彼らは将来のリーダーの集団なので、グループとして集め、将来のリーダーとして扱います。そのなかで、関係が深まっていきます。

──数カ月間のプログラムを行っても、その後、学んだことを活かす場がないことも少なくありません。御社では、繰り返し機会を与えているのですね。

太田彼らを次世代のリーダーとして扱うようにしています。社長も、半年に1回くらいのペースで、卒業生一人ひとりとランチをします。だんだん人数が増えていきますので大変ですが(笑)、社長がそういうことをしてくれているので、参加者の意識も途切れません。また、NGAのキックオフでは、卒業生を呼んで、応援コメントをもらっていますが、かなりの人が来てくれて、後輩を応援してくれます。

──いいサイクルに入っていますね。 

アセスメントの結果を踏まえリーダーシップ開発を自分で行う

──アセスメントは、どのように機能していますか。 

太田リーダーシップについて学ぶセッションでは、自分がどういうリーダーでありたいかを考えさせます。その材料として、アセスメント結果から現状を把握し、アセッサーからの客観的なフィードバックを踏まえて、自分の目指すリーダー像に向けて何が必要かを考えてもらいます。

ここはこだわっているところですが、人事では、アセスメントの結果を回収しません。結果を踏まえてリーダーシップ開発は自分で行ってもらっています。どうありたいか、何を改善すべきかを自分で考え、何をするかを自分で決める。そして、「私はこれをやります」と自分で上長や周囲に伝える。プランを立てるための基本的なフォーマットは与えますが、それを埋めて実行するのは本人です。

そして、行動した結果について、受講者同士が毎月、3人一組でピアコーチングをします。なるべく本人たちに任せ、私はあまり踏み込まないようにしていますが、「私だったらこうする」「こんなことを聞かなかったの?」などと、お互いのリーダーシップの課題や仕事の悩みなどを自由に話しているようです。

将来のリーダーに育てていくうえでは、アセスメントの結果や何に取り組んでいるかを人事として把握したほうがよいのかもしれません。悩むところではありますが、会社が指示してしまうとリーダーシップのプログラムとは言えないと考え、このような形で運用しています。

──どちらの考え方もありますね。より厳しくするなら、プランを立てるフォーマットも与えないというやり方もあります。日本人は、シートを与えるときれいに埋めてきますが、それはリーダーの仕事ではありません。フレームから考えさせると、センスの善し悪しが出ますので、そこを見るのもよいと思います。 

卒業生の個別育成計画を立て、リーダーに引き上げていく方針

──プログラムに対する参加者の反応はいかがですか。 

太田毎月、いろいろな事業部長が来て、参加者を将来のリーダーとして扱いますので、ピグマリオン効果ではありませんが、最初は「私はリーダーなんて柄じゃない」と言っていた参加者も、プログラムが終わるころには、かなり意識が高まります。「あのポジションを狙う」というところまではいかなくても、「自分にはもっと大きな仕事ができる。大きな役割を担いたい」と考えるようになります。

また、参加者が異口同音に言うのが、「経営者と直接話す機会が多く、どういう考え方をしているか分かった」ということです。そのほか、参加者のほとんどの人が中途入社なので、いわゆる同期がいませんから、横のつながりや仲間意識ができたことも大きいようです。

 

──とてもうまく回っているようですが、課題はありますか。

太田将来のリーダーの集団をつくることが目的ですので、より具体的にリーダーをつくっていきたいと考えています。フォローは今でもそれなりにしていますが、卒業生が今何をしていて、何年先にどういうポジションになれるかといった具体的なキャリアプラン、ディベロップメント・プランをつくり、次のポジションにプロモートしていく方針です。

──サクセッションプランに近いものになるのでしょうか。 

太田そうですね。あとは、3回もやっていると、NGAに出す人のプールがなくなってきます。次の4期にどういう基準で選ぶかも考えていく必要があります。この3年の間に、BDも大きく変わりました。グローバルでは大きな会社二つを買収し、企業規模が倍になりました。日本でも今まで経験したことのない統合が予定されています。次の期からは、おそらくその会社からもこのプログラムに参加することになるでしょう。自社の価値観やリーダーに求めるものもアップデートされていますので、それをプログラムに反映することも必要と考えています。

── M&Aで新しい人たちが加わると、「One BD」の意味がより問われますね。それも、ダイバーシティの一つになっていくと思います。

太田ええ。まったく違う会社だった人たちが入ってきますので、次の期が楽しみです。

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──御社のようなプログラムは、やりたくてもやれないとか、始めてみたものの、経営者から効果を問われ、頓挫してしまうことも多いものです。そうした企業に対してアドバイスをいただけますか。 

太田プログラムの目的をどこに置くかを社長や参加者を送り込んでくれる部門長と合意しておくことが大事だと思います。当社の場合、「リーダーのパイプラインを太くすることが目的であり、そのために、一人ひとりを抜き取って育てるのではなく、集団として育てる」ということ、「将来の事業部長や役員を育てるうえでの大きな課題は、①目の前のタスクに追われて視点・視座が低いこと、②意思・意欲が十分でない人も多いこと」ということをしっかりと共有しました。

ですから、実際のプログラムも、MBAの知識を覚えさせることを目的としていません。それはただの手段であり、視点・視座を上げること、将来のリーダーになる意思・意欲を持ってもらうことにフォーカスしました。プログラムに協力してもらった事業部長なども、そういう視点でかかわってくれました。 

── よく考え抜いてつくられたのですね。

太田初めてのプログラムでしたので、特に1期は手探り状態の面もありましたが、つくるときにはかなり時間をかけました。講師をしていただいたコンサルタントにもお付き合いいただいて中身を練り上げ、終わった後には振り返りもしました。事業部長にも、計画段階で話をし、講師とも顔合わせもして、「じゃあ、私はこんなことを話そうか」と考えていただきました。

──プログラムにかかわった皆さんの思い入れの強さを感じます。本日はありがとうございました。 

(聞き手:戦略ソリューション室室長 芝沼芳枝) 

会社名
日本ベクトン・ディッキンソン株式会社
創立
1971年
資本金
6億8750万円
売上高
335億円(2017年9月期)
社員数
566名
事業内容
医療用・細菌検査用の機器、器材、試薬等の輸入・製造販売