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株式会社商船三井 様

「一人ひとりの違い」を活かせる人事制度へ改定
多様な人材が自分らしく活躍する組織を目指す

人事部長
安藤美和子(あんどう みわこ)様

 

海運会社は、自然にダイバーシティ

伊東:ビジネス環境がとても早いスピードで変わっていく中、ダイバーシティ&インクルージョンをどのように位置付けていらっしゃいますか。御社では、少数精鋭の人材戦略を取っていらっしゃるということも、お聞きしています。

安藤:そもそも海運会社は、ビジネスが国境を超えていますので、ダイバーシティという言葉が広く使われるようになる前から、当たり前のように行われてきました。今回のダイバーシティの一つのテーマである女性というより、国籍を超える意味でのダイバーシティですね。船員の9割は外国籍で、日本人は技術面の指導や人材育成が中心です。船の上は、完全にダイバーシティです。では、翻って、虎ノ門の本社はどうなのかということです。本当にグローバルといえるのか、ダイバーシティが進んでいるのかというのが、ここ最近の課題です。 
女性についても、自然な流れの中で、活躍が進んできました。
私が入社した当時はまだ女性総合職の採用がなく、一般職として入社しました。商船三井に決めた理由は、働いている一般職の女性が、海外との貿易などで活躍している姿を見て、ここならやりがいを持って長く働けると思ったからです。
その後、役職に就く女性も出てきましたが、取り立てて特別な施策を設けたわけではなく、能力とやる気のある人を男女問わずに登用してきた結果です。「女性活用」と声高にうたってはきませんでしたが、当たり前に活躍できる土壌があったのが当社の特徴です。
ただ、自然な流れに任せているだけでは、不十分な面もあります。女性比率は2割ですが、役職者や営業部門で活躍している人はまだまだ少ないのが現状です。女性自身の意識の面も含め、実は見えない壁があるのだと思います。

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一人ひとり違うという前提に立ち、人事制度を見直し

安藤:では、どのような対策が必要かというと、私としては、「管理職の〇割を女性にする」といった数値目標だけを掲げることではないと考えています。これまで良しとされてきた「リーダーは、こうあらねばならない」という今までのリーダー像を一旦取っ払うことが、必要だと思っています。
ですから、女性に特化せず、「一人ひとり違う」という前提に立って、国籍を超え、性別を超え、働き方の制限を超えて、それぞれが持っている能力を最大限発揮し、自分のキャパシティの中で活躍することをもっと後押しできる仕組みをつくっていきたいと考えています。人には、いろいろな生き方・働き方があります。「これじゃなきゃいけない」と一つの型にはめるのではなく、それぞれが自分にとって一番よい状態を目指し、それら個の力が組み合わさったときに大きな力になるのが理想です。そういった背景もあり、来年、人事制度改革を行いますが、制度を変えることによって、一人ひとりの意識を変え、自分らしいリーダーシップのとりかた、あり方を周囲に臆することなく言えるようになれたらよいと考えています。

経営人材の早期育成を進めつつ、全員が活躍できる組織に

伊東:今の人事制度にどのような課題があり、それをどう変えていくのか、制度改定のポイントについて教えてください。

安藤:今の制度には、課題が二つあります。
一つは、リーダー、次世代経営人材の早期育成です。現状は、結果的に横並びの傾向があり、年次運用になっているという実態があります。そうすると、上を目指したい若手の成長意欲を阻害してしまいますので、そこを変えたいと考えています。

伊東:できる人材は早期に選抜し登用していくというお考えですか。

安藤:はい。逆に言えば、「皆と同じ時期でなくていい」というメッセージでもあります。これまでは、37歳でマネジャーになるのが標準でしたが、今後は、34歳でもなれるし、50歳でなってもいい。早いとか遅れているとかではなく、人それぞれのタイミングで、マネジャーを担えるだけの力が付き、自信が持てたらなればよいのです。

伊東:年齢に関係なく、準備ができた人がマネジャーになるということですね。

安藤:そうです。そして、そのためのトレーニング、修羅場経験など、一人ひとりのポテンシャルや意欲を見ながら、早めにチャンスを与えていきます。
二つ目は、一人ひとりの志向や能力に合ったキャリアコース、キャリアパスをつくっていくことです。多様な人材が相乗効果を生み出す組織になるためには、多様なキャリアパスを作ることも必要です。

伊東:これまでは、どのようなキャリアパスが整備されていたのでしょうか。

安藤:会社からのメッセージとしては、「皆さんは経営者候補です。そこを目指してください」という一つのコースでした。キャリアを積む中で「自分はマネジメントを目指すキャリアパスではない」となったときに、タテ方向の一つのコースしかないと、気持ちが萎えてしまいます。会社というのは、全員がリーダーになるわけではありません。経営トップがいて、それを支える参謀がいて、スタッフがいる、その組み合わせで成り立っています。複数のキャリアパスを整備し、自分で主体的に選択できるようにし、会社としても必要な後押しをしていく必要があります。
制度というのは、あくまでも一つの形であって、そこに乗っている一人ひとりがどうとらえるかが重要です。意識を変え、「こうでなければならない」という思い込みの殻を破って、自分らしいリーダーシップを発揮してほしいです。

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ミドルマネジメントの意識改革が重要

伊東:おっしゃるように、人事制度はあくまで仕組みであって、大事なのは、その制度に乗っている人のマインドをどう変えていくかです。その点はどこの会社も苦労されていて、社員が制度の根底に流れている経営のメッセージを理解できていないケースが少なくありません。
キャリアパスを複線化して、全員が活躍できる仕組みを用意しても、社員の側に今までの固定観念が残っていると、「私は同期と比べて遅れてしまった」と勝手に思ってしまいます。そういうマインドセットを払しょくして、個を尊重し、パワーを引き出していくための成功の鍵は何でしょうか?

安藤:多様な人が集まったときにそれを仕切れる人、束ねられる人が必要です。いろんなアイデアを出し合い、そこから新たな発想が生まれるとき、ファシリテートできる人が必要で多様な人材を活かす風土も必要です。
その点で、当社のダイバーシティ推進における課題として感じているのは、ミドルマネジメントの意識改革です。
若い世代は、学生時代から男女一緒に育っており、ダイバーシティの意識が身に付いています。当たり前のように寮も研修も一緒ですから、女性だけで研修をやると嫌がられます。LGBTが友達にもいるような世代からは、虎ノ門は外国人が少ないと言われます。
しかし、ミドル以上はそうではありません。肝はミドル層がダイバーシティを理解することです。よく、トップの理解が必要と言われますが、実際には、トップは理解していても、その下の役員や部課長が保守的なケースも多いのではないでしょうか。

伊東:世代的には50代以上ですか。

安藤:40代半ば以降ですね。40代の前半と後半でだいぶ意識が違うように感じます。
ただ、そういう年代の中にも、柔軟なマインドを持った人はいますので、そういう仲間を増やして、ムーブメントを起こしていきたいと思います。
人のマインドは、環境によって変わります。結婚しても働く人、子どもを産んでも働く人を間近で見ていると、考え方が変わるものです。だからこそ、組織のダイバーシティを高めていくことが大切です。

異質な人材に対する固定観念をなくしたい 

伊東:組織のダイバーシティを高めることは重要ですね。

日本は、もっといろいろな人を採用したほうがよいと思います。日本企業には、一括採用、年功序列、終身雇用がありますが、そうした仕組みがある中でも、多様な人材を採用することで、環境をつくっていくことはできます。

安藤:精神論ではなく形として見せていくことを意識的に行っていかなくてはならないと考えています。本社のグローバル化は遅れていた部分でしたが、特に人事部自身のグローバル化については、この7月から3カ月間、アメリカの現地法人の女性社員を人事部で受け入れています。現在、虎ノ門の本社には、海外のグループ会社から来ている社員も含めて外国籍の社員は10数名ほどしかいません。彼らの中には、「虎ノ門は働きにくい」と言う人もいます。“ジャパニーズ主義”といいますか、疎外感があるそうです。そこを変えたいと思っています。
異なる人材が交じり合うと、面白い効果があります。人事部でも、彼女がいることで日常業務の中でも英語を使おうかという雰囲気になり、心のバリアが下がります。
海外現地法人社員たちのタレントマネジメントも今年からやろうと力を入れています。彼ら・彼女ら現地法人社員の中にも、将来経営幹部になりたい、新しい分野にチャレンジしたい、東京本社のマネジメントに参画したい・活躍したい、と思っている人がいます。いつまでも日本人主義、日本人が先導していてはグローバルで勝てません。グローバル人事チームで、現場の声を拾って、少しずつ実績を作り、変えていきたいと考えています。
しかし、「外国人は、給料が高い会社があるとすぐ辞めてしまう」という固定観念を持っている人もいて、「そこまでする必要はあるのか」という意見もあります。

伊東:上海の人事コンサルタントと話をしたときに、日本人は、「中国人はすぐ給料の高いところに移る」という固定観念が強いと言われました。しかし、実際には、仕事のやりがいやモチベーション、どういうマネジメントやリーダーシップが行われているかが重要で、中国人もお金だけで動くわけではない、ということでした。

安藤:毎年、「グローバル経営塾」という海外の経営幹部候補を集めた研修を行っていますが、その参加者に聞いても、「もっとチャレンジしたい」「スキルアップしてキャリアを築いていきたい」と言います。
先ほどお話したアメリカから来ている女性スタッフに、「あなたは何をモチベーションに働いているの?」と尋ねたところ、たしかにお金やプロモーションもあるが、一番は「キャリアグロース」だと言いました。いい言葉ですね。外国人に対して固定観念を持っている人たちに聞かせたいです。 

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引き上げた人が結果を出すことが重要

安藤:固定観念のある人の理解を促すには、「こういう人材がいますよ」と実績をつくって見せていくことが大事です。
女性活躍も同じで、引き上げた人が結果を出すと、「こういう人がいたんだな」「こうすれば育つんだな」と、反応が変わります。制度をつくるだけでなく、そこに実例を出していくことが大切です。女性の人数を増やすこと、管理職を増やすことがゴールではありません。

伊東:女性の活躍推進は、最後は結果を出さなければなりませんね。「女性管理職を〇%にする」と決めても、引き上げた人が活躍していないと疑問の声が挙がります。どんなことでもそうですが、結果を出しているから認められていくのです。

安藤:女性には、

これまでのしがらみにとらわれずに結果を出していく力があると思います。私の部下を見ていても、そう感じます。人事は前例を大事にしますが、そこに疑問を投げかけるのは女性が多いです。女性は一般的に、男性に比べると、分析力や構築力は弱いと言われますが、物事を変えるときに過去に縛られない柔軟性があると思います。その強みをもっと発揮してほしい。それが結果につながると、自信にもなります。

伊東:実際、柔軟性は女性のほうが高い傾向があり、統計的にも、女性が多い組織はイノベーションが起こりやすく、生産性も上がっています。分析力や構築力については、経験の差だと思います。多くの女性は、そういう力を磨くチャンスが巡ってこなかったのでしょう。

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あらためて人の育成に力を入れていく

伊東:「一人ひとり違う」という前提に立って一人ひとりの人材の活躍を促していくうえでは、先ほど安藤さんが指摘されたように、国籍や性別を取っ払ったリーダー像が重要です。そういうメッセージは、人事制度の中で発信されていますか。

安藤:評価項目を見直したいと考えています。特に管理職以上は、実行力、企画力など個々の能力にスポットを当てていたのを改め、組織マネジメント、ダイバーシティ力、変革力、ビジョン力といったものに変えていこうとしています。組織をリードする管理職には何が期待されているかを打ち出します。今までも管理職の能力開発を後押しする研修をしていましたが、これからは、選抜もより目に見える形に変えて透明性を重視します。

伊東:言語化することは大事です。
「人の三井」と言われるように、人材育成に力を入れるのも御社の特徴ですね。

安藤:私もよく、若手社員に「商船三井の歴史をよく見てほしい」と話しています。当社は、これまでの歴史の中で、いろいろな国で人づくり、国づくりに貢献してきました。それらの歴史や実績にも目を向け、この会社で何を成し遂げたいかを考えてほしい。まだまだ海運会社にも日本にもやれることがあると思います。
当社にも優秀な海外のスタッフが大勢いますので、彼ら・彼女らを積極的に活用していくと、日本人が活躍できる場が減ってくるかもしれません。では、これから先日本人がどういう役割を果たせるか、日本人だからこそできることは何なのかを考えていく必要があるでしょう。当社には、130年の歴史をつないできた誇り、自負があります。「人」を大事にし、人を育てることに喜びを見出す文化があります。
一人ひとりが自立して自ら成長していくことが求められる一方、自分では気づかない自分自身の姿について、周囲からフィードバックしてもらうことが必要なこともたくさんあります。あらためて原点に立ち返り、人の育成に取り組んでいきたいと考えています。

伊東:ビジネスの成長とグローバルの加速化を背景に、御社はグローバル人材輩出に向けてさまざまなチャレンジをされていらっしゃいますが、安藤さんは、現在のポストに就かれてどれくらいになるのですか。

安藤:去年の4月に就任しましたので、1年と数カ月です。約10年前に人事のマネジャーを3年担当し、海外や国内のグループ会社を経験して戻ってきました。人事は、もともと行きたい部署だったんです。人を育て、モチベーションを高めることに関心がありました。ただ、10年前は、初めての管理職、初めての人事で、悩み続けた3年間でした。

伊東:初めての管理職というのは、だれにとっても大きなチャレンジです。久しぶりに戻ってきて環境も変わったと思いますが、先ほどおっしゃられていたように、前例にとらわれない柔軟性が女性の強みですから、それを活かすことが期待されているのではないでしょうか。

安藤:そうですね。自分がこの時代に女性人事部長として来たのは、課された役割があるのだろうと思っています。過去の諸先輩はすごい人ばかりで、今の社長も人事部長を経験しています。とてもあんなふうにはなれませんので、「なぜ私が?」という思いもありますが、今のこの時代だからこそ、過去にこだわらず、私なりの視点で見て、自分を信じてやりなさいということだととらえています。

伊東:船には、西洋の香りを運んでくる最先端のイメージがあります。御社には、そういう意味では、意識しなくても長い会社の歴史の中でダイバーシティのカルチャーが根付いているのだと思いました。そのような中、人を大切にし、育成するという御社の強みをテコにして、一人ひとりの違いを受け入れて活かすというダイバーシティの取り組みは、御社の長期ビジョンである「世界の海運をリードするしなやかな商船三井グループを目指す」に向かっているものだと強く共感いたしました。今日のお話は、まさしく、MOL CHART(海図)を進んでいらっしゃるのだと思います。今後のさらなるご活躍を楽しみにしております。

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会社名
株式会社商船三井
設立
1884年
資本金
65,400,351,028円
従業員
966人(陸上670人 海上296人):他社への出向者等を除く
グループ会社
444社、従業員数:10,794人(連結決算対象会社)