変化の時代に求められるHRビジネスパートナー(HRBP)の役割

HRBP

1990年代に提唱され、近年再び注目を集める「HRビジネスパートナー(HRBP)」の役割や活動、そして求められる能力について整理します。また、「人材アセスメント(人材評価)」「コーチング」を活用した課題解決の手法や、その実践に向けた重要なポイントを明らかにします。

「HRビジネスパートナー(HRBP)」の役割と、注目される背景

HRBP(Human Resources Business Partner)とは、一般的には、経営視点から人事戦略を組織全体に展開し、事業成長を支える重要な役割を担うとされています。例えば、既存の採用・育成方法に問題があれば改善策を模索し、採用数や育成メニューだけでなく、必要とされる人材像や能力開発の目標等について再考し、提案を行います。そのため、決まった枠組みにとどまらず、多角的な視点から組織・人材のパフォーマンスを最大化することがその使命と言えます。

米国ミシガン大学ビジネススクール教授のデイビッド・ウルリッチ氏は、HRBPに求められる主な4つの役割を以下のように説明しています。

  • ・戦略実現パートナー:
    経営戦略や事業戦略に合致するように人事戦略を策定したり、組織設計を行ったりする

  • ・管理のエキスパート:
    人事制度や施策の管理・運営を適切に行う役割です。これには、全社的に人・組織を取りまとめ、法的リスクを最小限に抑えつつ、業務効率を高める人事を実現する

  • ・従業員のチャンピオン:
    従業員一人ひとりの意見をチェックしながら、「どうすれば従業員の意欲が高まるのか」という視点から組織設計を行う

  • ・変革エージェント:
    人事戦略をより効果的に実行するため、目的に合致する人材像を育成した上で、組織の変革を導いていく

このようにHRBPの役割は多岐にわたり、一貫して経営戦略と人事マネジメントをつなげることが求められます。各部門のニーズを理解し、採用、配置、トレーニング、キャリア開発、ひいては組織開発に至るまで、全人事プロセスやメニューを活用して、企業全体の戦略目標達成を支援する役割が期待されるのです

近年、デジタル化や地政学的な変化の中で、ビジネスや組織を取り巻く環境の不確実性が増していることから、HRBPが再び注目されています。変化に応じてビジネスの手法や組織運営のあり方を最適化していく必要性が高まり、ビジネスと組織を推進する人材の成功・失敗がより大きなインパクトを与えるようになっているからです。日本の人事責任者が集う日本CHRO協会でも、HRBPに関する検討会が設立され、求められる能力や役割、実践事例についての議論や検討が進められています※1。

※1 参考:日本CHRO協会「HRBPプログラム開発プロジェクト2.0」(https://www.jachro.jp/hrbp_2022/)

HRBPに期待される具体的な役割と活動、要件・活動について

次に、日本の人事部主催の「HRカンファレンス2020 -秋-」で取り上げられたGoogleとカゴメの事例を通じて、具体的にHRBPに期待される役割と活動や期待、重要な要件について確認してみましょう※2。

Google カゴメ
HRBPが担っている役割と活動や期待 ①『自律的なキャリア形成』を支援し、成長を促していく~ビジネスの主要なミーティングへ参加し、リーダーとの1on1を通じて組織・事業の課題解決を人事内の専門部署と連携して遂行する

②タレントを育てていく~次のチームリーダーを担う人がいるのか、優秀な人材はいるのか、いないならどうやって獲得するかを一緒に考える

③ビジネス成長のためのカルチャー構築を進めてチームエンゲージメント向上に貢献する~リーダーと共にカルチャー構築にコミットし、HRの仕組みの研修や評価指標などとリンクさせていく
①個人の自律的なキャリア開発を支援する~魅力的な 人間性を持ち、本部とのパイプも太い人材が、各部門を一気通貫で見て、現場に寄り添うことで、従業員がいろいろなことを相談できるようにする

②戦略理解を促す~経営 戦略も深く理解してもらい、現場の従業員に語ってもらう。HRBPと部門長の間でも緊密に連携する
重要な要件
  • キーワードは「信頼」(Google)
  • 「人間力」や「コミュニケーション力」(カゴメ)
  • タレントのスキルやポテンシャルをみる「アセスメントスキル」が大事。そして人の成長を支援する「コーチング」ができるとさらに信頼が増すでしょう(Google)。
  • 現場のマネジメントをきっちりやってきた人は、基本的に現場でHRBPの役割を果たしてきたと言えるかもしれません(カゴメ)。

表の通り、当該カンファレンスでは両社のHRBPが担う役割や活動を実践していくために求められる要件として、「アセスメントスキル」と「コーチング」、広義の「マネジメント能力」が挙げられています。それらは、ビジネス戦略と人事戦略の実現を期待されるHRBPならではの要件と言えるでしょう。

そして、同カンファレンスレポートでは、それらを総合して、『HRBPに求められる「アセスメント」と「コーチング」のスキル』と要約されていますが、マネジメントプロセスにおいても、ポテンシャル(潜在能力)を評価する「人材アセスメント」と、個人の成長を支援する「コーチング」は包含されていると捉えることもできることから、人材アセスメントやコーチングを機能させるための関係者との信頼関係を築く能力、人間性やコミュニケーション力も含めてそれらの重要性が再認識されたと言えるでしょう。

※2:日本の人事部「戦略人事を実現する~カゴメとグーグルのHRBP事例から学ぶ“経営に資する人事”」(https://jinjibu.jp/hr-conference/report/r202011/report.php?sid=2074)を参照の上、小社にて原文を基に表を作成。

HRBPが直面する「5つの課題」とは

HRBPの役割や機能の詳細化、そして企業事例を通じて、HRBPは人事戦略からキャリア開発支援、組織開発支援に至るまで、幅広い領域をカバーすることが期待されていることが改めて確認できました。さらに、これらを実践につなげていくひとつの共通項として、「人材アセスメント」と「コーチング」の重要性も示唆されました。これらを踏まえ、HRBPが直面する課題を整理し、その解決に向けた視点や取り組みを紹介します。

ビジネスとの協働

HRBPはビジネス戦略と人材戦略の連結役を担います。しかし、ビジネスニーズを十分に理解できない場合や、ビジネスとの協働が不十分な場合は、適切な人材戦略の策定につながらないことがあります。

リーダー人材の確保と育成(後継者計画)

企業の成長や変革を支えるコア人材を確保するためには、採用、配置、トレーニング、能力開発といった一連の施策が必要となります。しかし、人材のスキルや能力を見誤ったり、目指すべき状態を明確に設定できなかったりする場合、期待された成果が得られないことがあります。

人事プロセスの改善

採用、配置、トレーニング、開発、キャリアプランニング、パフォーマンス管理、給与や福利厚生といった人事プロセスは、改善が必要なケースもあります。特定の問題に焦点が当たりすぎていたり、各タスク間の相互依存性を見落としたりするような場合です。

従業員エンゲージメントの向上・コミットメントの促進

人材の流動化が進行する中で、従業員エンゲージメントの向上は企業の業績に直接影響する重要な課題となっています。しかし、従業員のニーズや組織文化を適切に理解できず、エンゲージメントが低下し、従業員のリテンションを実現できないことがあります。

データ分析・活用

HRBPには、人事プロセスの改善や人材戦略の策定において、データの分析と活用が求められます。しかし、データの収集、分析、解釈の手法やスキルについて課題を抱えているケースがあります。

HRBPが直面する「5つの課題」を解決に向けた取り組みとは

ビジネスとの連携強化

Googleやカゴメでは、HRBPがビジネスや事業部門の戦略および取り組みを理解し、それを出発点として行動することが求められていました。パーソル総合研究所(2022)※3による調査においても、「戦略人事実現度が高い企業ほど、HRBPの設置率が高く、またHRBP/事業部人事が組織・人事構想を担っている傾向が強かった」と戦略・ビジネスとの連携との重要性が報告されています。

具体的な取り組みとしては、HRBPとビジネス部門が協力してプロジェクトを推進したり、人材の登用や採用戦略の改善点を特定したりすることが有効です。さらに、ビジネス部門のKPIを分析し、それを基に人材育成の方向性や採用戦略の見直しに対する意見を提供することなども効果的です。人材の調達、配置、育成を適切に行い、継続的に組織のパフォーマンスを高め続けるためには、これらの戦略が有機的に機能することが前提となってくるのです。

※3 参考:パーソル総合研究所 人事部大研究(https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/hr-department.html)

継続的にリーダー人材の確保と育成(後継者計画)

複雑で不透明な時代において、ビジネスを牽引するリーダー人材の確保と育成は一層重要性を増しています。しかし、MSC/DDIが実施した「グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト2023」※4では、リーダー(後継者)人材の確保・育成に向けた供給体制(パイプライン)が徐々に枯渇していることが明らかになっています。

これらの課題に対して、HRBPはラインに近い立場から、既にリストアップされている優秀な人材のリテンションに加え、潜在的な人材の発掘や活用を行うことができます。具体的な業務や課題リストを思い浮かべながら、難易度の高い課題への挑戦を通じてリーダー候補の成長を促すことや、キャリアデザインの観点から対象者が自身の成長意欲を高められるようサポートすることも可能です。

さらに、これらの取り組みから得られた知見を基に、事業・機能レベル、または全社レベルの採用・登用プロセスの改善や見直しなどを、当事者として実行に移すこともできます。このような活動は、高い成長意欲を持つ従業員のコミットメントを引き出し、優秀な人材を継続的に生み出すことにつながります。

※4 参考:MSC/DDI「グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト2023」(https://www.msc-net.co.jp/report-glf2023mainreport/)

人事プロセスの改善

HRBPが、あるべき姿と現場の実情を踏まえた人事制度の構築やその運用を実行に移すことができれば、従業員のモチベーションやパフォーマンスの向上に直接的につながります。具体的には、目標設定や評価といった人事プロセス、人材開発のプロセス、キャリアデザインのあり方などを、組織のあるべき姿と現場の双方を見据えて再編集したり見直したりし続けることが有効と言えます。

現在、いくつかの日本の企業においても「日本型」ジョブ型人事制度への転換が進められ、その運用や人材開発手法の変革が試みられています。現場の実情とあるべき姿の双方の視点を持ったHRBPが、最適な制度構築や運用の鍵を握っていると言っても過言ではないでしょう。

従業員エンゲージメントの向上

従業員エンゲージメントの強化は、今後のビジネス環境においてますます重要となっています。また、先に述べたように、人材の流動化が進む中では、エンゲージメントを高めるだけでなく、仕事や組織へのコミットメントを引き出すことも期待されています。

先に触れたカゴメの事例では、現場出身のHRBPは従業員にとって信頼できるメンターであり、キャリアの選択肢(ロールモデル)の一つともなり得ることが示されています。また、HRBPの活動は、現場の実情を理解するだけでなく、企業戦略を具体化し実行する役割も担っています。戦略やビジョンを個々の従業員に合わせて調整し、最適化した形でコミュニケーションを行うことは、一人ひとりの従業員のコミットメントやエンゲージメントの強化に貢献していると言えます。

コミットメントやエンゲージメントの強化には時間と労力が必要ですが、それは組織全体の成長に寄与する重要な取り組みです。従業員の声を収集し、働きやすい環境を作り上げることで、組織全体の生産性向上につながるのです。

データ分析・活用

近年、日本でも人的資本データの開示が求められるようになり、従業員アンケートの結果やパフォーマンス、人材データの収集と分析が進められています。また、それらを人事戦略の立案やビジネス部門のデータ分析へとつなげようとする活動も盛んになってきました。先に触れたパーソル総合研究所(2022)の調査では、人事データの活用が進んでいるほど戦略人事の実現度が高まることが示されています。

しかし、一般的にデータ収集が進んでいると言われる従業員アンケートや人事評価情報の集積に比べて、同調査では、キャリア志向やスキル・強みに関する情報の収集はこれからであることが報告されています。また、現場マネジャーとこれらの情報を共有するプロセスに課題があるとも指摘されています。

さらに、HRBPは新たなツールやシステムの導入に関するフィードバックを集め、改善につなげる役割も担います。これにより、デジタル化が進む中でも、組織のパフォーマンスを維持し、さらに向上させることが可能となります。

以上、HRBPが直面する5つの課題とその解決策について検討してきました。これらは一部のHRBPだけでなく、全てのHRBPが抱える共通の課題です。それぞれの企業や組織でこれらの課題をどのように克服し、どのようにして人材や組織の成長を実現するかは、今後のHRBPの役割の進化に大きく影響することでしょう。

HRBPが「人材アセスメント」「コーチング」能力を獲得するメリット

前述の通り、5つの課題解決に向けたHRBPの取り組みに求められる能力として、「人材アセスメント」「コーチング」の力が挙げられています。ここでは、改めてHRBPがこれらの能力を獲得することによるメリットを確認しておきます。

【人材アセスメント】

1.評価や任用(登用)がより適正になる

人材アセスメント能力を高める、または客観的な人材アセスメントツールを利活用する能力を獲得できれば、対象者の適性・能力やスキルを多面的かつ客観的に捉えることが可能になります。様々なデータや定性的な情報を組み合わせることで任命(登用)の際のミスマッチを軽減でき、それに伴うトラブルやモチベーションの低下といったリスクも減少します。

2.対象者のスキル向上が促進される

従業員のスキルや能力の評価が可能となり、不足している部分を特定できます。その結果、個々の従業員に合わせた能力開発計画を立てることができ、スキルの向上が促進されます。

3.組織全体の人材マネジメントが進化する

人材アセスメントやそのデータは組織人材マネジメントにおいて大きな助けとなります。評価基準の明確化により従業員へのフィードバックが適切に行えるようになり、結果としてモチベーションやエンゲージメントが向上します。さらに、組織のニーズに応じたキャリアプランを策定し、従業員のキャリアの進展を促進することもできます。

コーチング

1.目標達成の促進

コーチングスキルの適用により、HRBPは支援対象となる個人やチームの目標達成に向けて、成長と成功の確率を高めることが可能になります。また、コーチングのプロセスを通じてモチベーションや自己信頼感を高め、目標達成に向けたエネルギーと意欲を引き出すことができます。

2.自己理解と成長

自律的キャリアの構築、節目毎の自己の強みの棚卸の機械などを通じて、組織メンバー個々人の自己認識が高まり、新たな気づきを基にした、個人の成長や組織パフォーマンスの向上につなげていくことができます。

3.パフォーマンスの向上

コーチングは支援対象の個人やチームのパフォーマンス向上にも効果的です。クライアントが自己制約やネガティブな思考パターンを乗り越え、新たな視点や解決策を見つける支援を提供することで、パフォーマンス向上への活動が強化されます。

今後、多くの企業・組織において新たなHRBPが生まれ、様々な実践が行われていくでしょう。本内容が、少しでも皆様の企業・団体での活動においてお役に立てれば幸いです。

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