第1回リーダーの「創造力」を引き出す3つのアプローチ コンディショニング編
~「創造可能性人材」を発掘し、能力発揮しやすい環境を整備するアプローチ~
リーダーに求められる能力の中でも「創造力」の重要性が年々高まっています。
その背景には、多くの企業が、一歩先も見えない不透明なビジネス環境から新たなアイディアで機会を切り開けるリーダーの育成を必要としていながらも、それがなかなかうまくいっていない実態が浮かび上がってきます。
一方、「世の中に同じ人間は一人としていない」という原則を考慮すると人は誰しもが創造力を発揮する上での固有の資源を保有していると言えます。
本コラムでは、全4回にわたり、弊社コンサルタントが、様々な企業のリーダーの能力診断や能力開発に携わる中で得た知見や仮説を組み合わせながら、リーダーの創造力を引き出すアプローチについてお届けしてまいります。
■内容
第1回:コンディショニング編 「創造可能性人材」の発掘と環境の整備
第2回:アンラーニング編 「経験学習モデル」を応用したアンラーニング(3/8掲載予定)
第3回:トレーニング編前半 メタ視点を強化する他者からの問いかけ(3/22掲載予定)
第4回:トレーニング編後半 内面の創造性を引き出す深い傾聴(4/5掲載予定)
はじめに ~創造力が求められる時代背景~
リーダーに求められる能力の中でも「創造力」の重要性が年々高まっています。弊社ではリーダーやマネジャーの能力を診断するヒューマン・アセスメントをご提供していますが、クライアント企業の人事のご担当者からも創造力を能力開発の重点項目としてアセスメントの診断対象に加えたい、といった要望が増えていますし、リーダーの方々から直接「創造力を伸ばすにはどうしたらよいのか」といった相談を受けることもしばしばあります。
創造力が求められる背景としては様々な要因がありそうですが、VUCAの時代と言われる一歩先も見えないビジネス環境の中で、多くの企業が、新たなアイディアでビジネスの機会を切り開けるリーダーを必要としているのは確かなようです。
図1:社会構造の変化に伴う価値観シフト
「我が社には創造力のあるリーダーがいない」
「自分には創造力がない」
こんな風にお悩みの人事ご担当者やリーダーの皆さんにまず認識していただきたいのは、「この世に同じ人間は一人として存在しない」という事実です。この前提から考えれば、一人ひとりが経験したことから生み出される価値観や発想は、その人固有のオリジナルなものであると言えます。突き詰めれば、人はみな創造力発揮の種(シーズ)となる独自の経験資源を多かれ少なかれ保有しているのです。
では、人が保有する経験資源を創造力として開花させるためには、いったいどうすればよいのでしょうか。本コラムでは、既存の理論や方法論だけでなく、様々な企業のリーダーを対象としたアセスメントやトレーニング、1on1セッションでの現場体験から得た独自の知見や仮説を組み合わせながら、リーダーの創造力を引き出す3つのアプローチについてご紹介します。
マネジメント能力としての 創造力の定義
弊社が提供するヒューマン・アセスメントでは、創造力を以下のように定義しています。
図2:創造力の定義
創造力というと、一般的に「新しいものをつくりだす能力」と理解されています。ここで言う創造力は、マネジメントやリーダーシップで求められる能力の一つであり、一般的な意味での創造力とは区別する必要があります。具体的には、「組織目標の達成」という目的に向けて発揮されるマネジメント能力であり、ビジネスとしての成果を創出するためには「行動」として発揮される必要があるということです。分析力や判断力などの思考力と同様、未知の問題を解決するコンセプチュアルスキルのカテゴリーに属していますので、「創造的思考力」と捉えていただいた方がしっくりくるかもしれません。また、ゼロから1を生み出す行動も含みますが、既知の事実情報を組み合わせて、1から2や3を生み出す行動も創造力と捉えています。これらの前提条件を考慮すると、一般的な創造力の意味合いとは多少のズレが生じてきます。
図3:リーダーシップやマネジメントで求められる創造力の範囲
残念ながら、日本の大手企業では管理職の創造力の発揮度合いは総じて低い状況にあります。以下のデータは、2020年に弊社が実施したヒューマン・アセスメントにおけるマネジメント能力の平均点をグラフ化したものです。16個ある汎用的なマネジメント能力の中で、創造力の平均点は2.42点でワースト2位の結果となっています。
図4:マネジメント能力の平均点比較
このように創造力の発揮度が低い原因としては、どんなことが考えられるでしょうか。
創造力の発揮度が低い要因分析
大手企業のリーダー層で創造力の発揮度が低い要因としては、様々なものが挙げられそうですが、ここでは大きく「外的要因」と「内的要因」とに分けて整理してみました。
図5:創造力の発揮度が低い要因分析
外的要因には、組織内外に存在する「過度な規制や統制」「失敗できない風土」といったものが挙げられそうです。過度な規制や統制によって自由に発想を広げることができなくなったり、失敗が許されない組織風土によって新しいことにチャレンジできなくなったりする。それが創造力の発揮にマイナスの影響を及ぼすであろうことは容易に推測ができます。実際に、リーダーの方と1on1セッションを行うと、「失敗を恐れてチャレンジできない組織体質になっている」といった組織全体の課題が頻繁に話題に上ってきます。他にも、「過度なコスト意識」「効率性の追求による無駄の排除」「ゆとりや遊びの欠如」なども考えられるでしょう。
実は皮肉なことに、内面に豊かな創造性を有している人ほど、こういった外的要因から負の影響を受けやすいのです。
5人に1人の割合で存在するHSP人材
リーダーの創造力を引き出す1つ目のアプローチは、組織に存在する創造性の高い人材(創造可能性人材)を発掘する方法です。たとえば少し前に流行した「HSP」という言葉があります。「HSP」とは、Highly Sensitive Personの略で、様々な刺激に敏感に反応してしまう高度な感受性を有する人を指す言葉1)です。1990年代にアメリカの心理学者のエレイン・N・アーロン博士によって提唱されました。
HSPの人は、感受性が鋭敏であるがゆえに、他人の何気ない一言がいちいち心に引っかかったり周囲の雰囲気に過剰に反応したりして、必要以上に疲弊し傷ついてしまう傾向があります。現代のビジネス環境のように、ストレスフルでプレッシャーに晒されやすい状況下では、なかなか生きづらいタイプと言えます。一方で、HSPの人の中には、豊かで繊細な感性を活かしてクリエイティブな能力を発揮している方が多いとも言われています。HSPは、統計的には人口の15~20%があてはまる気質とされています。マイノリティではありますが、どんな組織にも、およそ5人に1人の割合でHSPの人が存在する可能性があるということです。
レジリエンスが低く、クリエイティビティが高いリーダー
HSPの人は、「環境感受性」が高く、良くも悪くも環境の影響を受けやすい人として理解されています。「環境感受性」とは「ポジティブおよびネガティブな環境に対する処理や知覚の個人差」として定義される概念です2)。すなわち、ネガティブな環境に置かれればパフォーマンスが低下し、反対にポジティブな環境に置かれれば、保有する創造性や共感性を発揮してクリエイティブなパフォーマンスを発揮する可能性が高まります。HSPのような高い創造性を有すると思われる「創造可能性人材」の能力を意図的に引き出していくことが、組織として有効なアプローチになります。くれぐれも倫理的・人道的な配慮を失しないよう注意する必要がありますが、希望者に限り職場でHSP診断等を実施し、創造可能性人材を特定した上で、創造力を発揮しやすいような、心理的安全性の高い職場環境を整備する、といった施策が考えられます。内省や瞑想、マインドフルネス等のマインドアップ策を取り入れるなど、創造性を伸ばすために本人のコンディションを整える支援も必要でしょう。リーダーであれば、メンバーに「創造可能性人材」がいるかもしれない、という認識を持ち、その人たちが能力を発揮しやすいよう支援することが求められます。組織全体としては、HSP等のマイノリティへの認知を高め、理解を深めるための啓蒙活動も必要でしょう。
昨今では、心理的な傷つきや落ち込みから立ち直り、ストレスフルな環境にも耐えられるレジリエンスをリーダーに求める風潮がありますが、実はレジリエンスの低い人ほどクリエイティビティが高い可能性があるということは、リーダーの創造力開発を検討する上での盲点として留意する必要がありそうです3)。
図6:組織に埋もれた「創造可能性人材」を発掘し支援するアプローチ
私が担当するクライアント企業では、アセスメント(インバスケット診断)と並行して、人が内面に保有する創造力を診断するテストも実施していますが、アセスメント結果で創造力が低いと診断された受講者の中に、内面に高い創造性を保有すると診断されたケースがありました。その受講者のアセスメントでのアウトプットを改めて精査しましたが、発揮能力としての創造力は低いと診断せざるを得ませんでした。
ただ、その受講者が「アセスメントの前日は緊張し過ぎて一睡もできなかった」と漏らしていたことをふと思い出しました。これは神経質なHSPの人が陥りやすい典型的なパターンです。その受講者はHSPである可能性が高い。そういう観点から再度アセスメントでの行動を解釈し直すと、外部の刺激に過敏に反応して発想の幅が狭まり創造力の発揮が低下してしまったのではないか、という仮説が成り立つことに気付かされました。私個人の経験の中での話になりますが、創造力の発揮度が高い人の中には、神経質なあまりに不安定さがのぞき、他の能力がマイナスとなってトータルとしてのマネジメント能力が下がってしまうケースも見られます。
このような事例は氷山の一角で、おそらく多くの組織で起こっていると考えられます。せっかく内面に高い「創造性」を有していても、それが外的な環境要因によって引き出されないのは組織にとって損失です。もちろん、HSPの人が必ずしも高い創造力の持ち主であるとは限りませんし、HSPでなくとも高い創造力を発揮している人は存在すると思います。しかし、ストレスフルな職場環境が、人の創造力の発揮を妨げている可能性があるということにもっと目を向け、組織に埋もれた「創造可能性人材」が能力を発揮しやすいよう、障害を取り除いていくことも求められます。
■続きは、3月8日(火)に掲載する予定です。
<参考/引用文献>
1) イルセ・サン(著) 枇谷玲子(訳)『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』ディスカヴァー・トゥエンティワン(2016)
2) 飯村周平.“環境感受性とは?”.Japan Sensitivity Research 心理学者によるHSP情報サイト.2020-2022.https://www.japansensitivityresearch.com/about-sensitivity,(参照2022-02-17)
3)平野真理 (2012).心理的敏感さに対するレジリエンスの緩衝効果の検討――もともとの「弱さ」を後天的に補えるか――教育心理学研究,60, 343‒354.
執筆者プロフィール
株式会社マネジメントサービスセンター チーフコンサルタント
松榮 英史(まつえ ひでし)
MSCにて、15年にわたり5,000人以上のビジネスパーソンの能力診断に従事。培ったヒューマン・アセスメントやフィードバックの技術を活かして内省を深める1on1セッションを提供し、リーダーの自分らしさを大切にした能力開発を支援している。MSC Webサイトに掲載している執筆コラムとして、「1on1で創るウェルビーイングな能力開発」(2021.07.16)がある。