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一般財団法人中部生産性本部様

幅広い知識を学び、経営者としての総合能力を磨く「次世代経営革新塾」

 

一般財団法人中部生産性本部 会長

大同特殊鋼株式会社 代表取締役会長 石黒 武 様

  


中部地域において生産性運動を推進し、健全な労使関係の確立や産業の発展に取り組む一般財団法人中部生産性本部は、10年以上前から毎年、企業の経営者や経営幹部を対象として、「次世代経営革新塾」(複数企業参加型セミナー:全7回)を実施している。同財団会長であり、大同特殊鋼株式会社代表取締役会長の石黒武様に、本セミナーのメイン講師を務める弊社理事コンサルタントの三村修司が、人材育成の考え方や本セミナーの意義などについて伺った。(文中敬称略)


 

  

これからの時代、専門分野の知識だけでは立ちいかなくなる

三村:昨今、海外情勢や経済状況の変化は激しさを増していますが、会長は、この環境変化により企業社会はどのような影響を受けていると思われますか。

石黒:企業は賃上げを積極的に行い、政府はインフレを目指す方向ですよね。デフレ下では、護送船団ではないですが、皆が少しずつ我慢してやってきたようなところがありました。今後は、経営状況のいいところはいいけれど、よくないところは本当にダメになる優勝劣敗の傾向が強まると思います。破綻してしまう企業も、これまで以上に顕在化してくるでしょう。そういう時代だからこそ、人が大事だと考えます。

三村:確かに人材不足など人に関する悩みは、今後も変わらないでしょうね。加えて最近、いろいろな企業で見られる課題は、AIに取って代わられる仕事があることや、海外からの労働力をどう受け入れるか問われていることです。また、転職アプリの普及により、人の流動化も避けて通れません。今までのように純粋に人を採用するだけでは限界にきていると思います。

石黒:一方で、これまでは、自分の専門的なことさえやっておけば困らなかったと思いますが、世の中が大きく変化してくると、専門的な知識だけでは立ちいかなくなります。特に管理職になると、コンプライアンス、ESG(環境、社会、ガバナンス)、財務・経理、マーケティングなど、幅広い知識や経験が必要です。

企業の経営者や幹部社員を対象に、「次世代経営革新塾」を開催

石黒:その意味で、「次世代経営革新塾」のような教育は本当に大事ですし、今後、より重要性が増してくると思います。プロフェッショナルとしての専門性を身に付けていることが大前提ですが、それに加えて、経営者に求められる様々なことを習得してもらう必要があります。進んだ企業は自社で教育をできるかもしれませんが、そこまで手が回らない企業も、「関係ない」では済まされない時代になりました。

三村:まさにおっしゃるとおりで、これまでは、専門性を持った人材がそのまま企業の中で管理者や経営者になっていたと思います。ところが、環境変化も進み、管理職や経営者には別次元の知見や能力が必要になってきました。次世代経営革新塾では、これから経営者になる方々が、必要な知識やノウハウを身に付けるとともに意識を醸成していこうと、多岐にわたるカリキュラムを展開しています。

石黒:受講者の皆さんは非常に積極的で、当事者意識を持ってご参加いただいていると感じます。

三村:全7回のカリキュラムでは、おおよそ関連知識を身に付けることが3分の1、受講者同士の意見交換が3分の1、他社事例に触れることが3分の1となっています。皆さんの当事者意識の高さは私も感じていまして、受講者同士の意見交換の場では、経営者や次期経営者の立場で積極的に苦労したことや組織での取り組みについて紹介し合っています。さらに受講者の皆さんは、期ごとにチャットグループを作り、ネットワークを構築しています。また、受講者アンケートを見ると、私どもから提供する他社事例も好評です。事例の中では実名は伏せていますが、他企業の成功事例や失敗事例を知ることができるのは、次世代経営塾のメリットの1つだと思います。

石黒:また、最後の回に各受講者が自社の将来の方針を発表されますが、うまく誘導していただいていると感じます。

三村:ありがとうございます。実は、受講される方が最初に心配されるのが、最後の発表が上手くできるか・・ということです。7回のセミナーを受けていただければ、最後のプレゼンテーションまで自然とたどり着くようにコース設計されていますので、ご安心いただければと思います。

スキル醸成の必要性に気付かせる

石黒:実は、弊社(大同特殊鋼)でも20年ほど前から、グループ会社を含めて社内で経営革新塾のような研修を行っています。始めた当初は、「今更、そんなことを学ぶ必要があるのか」というような反応でしたが、今の受講者は、「こういうことを学ばなければいけない」という意識に変わってきています。

三村:研修の必要性を感じる方が増えたことは、すばらしいですね。研修内容も吟味されているのでしょうし、必要性を気付かせ、意欲を引き出しているからだと思います。

石黒:経営幹部が必要なことを学んでいないと、例えば経営会議の議論に参加できません。だからこそ、経営会議のメンバーになった人たちは、やってよかったと思っているはずです。それをもっと早く自覚できるとよいのですが、あまり早すぎてもダメなんですよね。やはり、ある程度のポジションになった人が、経営的なことを意識し、必要な知識や経験を身に付けて、経営層になってもらうのがよいと思います。

三村:経営幹部になってから不足しているスキルに気付くのではなく、ある程度、下地をつくってから経営者になっていただくのが理想ですよね。

石黒:そうですね。
今、多くの企業が統合報告書を作成しています。そこでは、会社が儲かっているかどうかよりも、環境への取り組みなどを大きく紹介しています。あれを見ると、「これからの企業はこういうことも必要なんだな」と思うはずです。そうした情報を発信し、啓蒙していくことが大事だと思っています。

三村:御社も、カーボンニュートラルの取り組みに力を入れていらっしゃいますよね。
環境への配慮もそうですが、最近は、生産管理における品質チェックや、コンプライアンスの遵守など、様々なことが厳しくなってきていると感じます。御社ではいかがですか。

石黒:品質については、現場任せにせず本社の品質管理部で監査をし、客観的にクオリティをチェックするようになりました。コンプライアンスに関しては、ハラスメントを昇格要件の1つにしており、厳しく管理しています。

三村:品質やコンプライアンスの重要性については、経営トップの方はしっかりと認識していらっしゃると思います。ただ、それを組織の末端まで浸透させるのは簡単ではないと思います。御社も1万人以上の社員がいらっしゃいますが、各現場に落とし込むためには、どのようなことが大切だとお考えですか。

石黒:やはり意識が大事だと思います。昔は、会社が終わった後に飲み会があり、7~8割は他愛もない話をするけれども、本音の話もして、そこでいろいろなことを学べました。今はそういう機会が少ないですよね。そのため、教育の重要性がより高まっていますが、それだけで腹に落ちるのか、意識を持たせられるのかという心配もあります。

三村:研修活動を生業にしている弊社としては恐縮ですが、研修で全てをカバーするのは無理だと思います。会長がおっしゃったように、飲みニケーションを含め、現場でのコミュニケーションを通じた育成や指導が重要だと考えます。

言いたいことが言えない管理職が増加

三村:ただ、そうしたコミュニケーションや指導がやりにくい社会環境になりましたよね。最近人事の方からは、「ハラスメントを恐れて、叱れない上司が増えている」というお悩みを良くお聞きします。方や、叱られ方が分からない若手もいて、大変な時代になったと思います。

石黒:そこは本当に問題だと思います。弊社の場合、安全に関しては徹底して指導しますが、それ以外のことになると、三村先生がおっしゃったように、本当は言いたいけど控えてしまうということが出てくると思います。上司への教育はしていますが、人によって受け止め方やパーソナリティに違いがあります。

三村:ある調査によると、現役の管理職にハラスメントを防止する一番よい方法を尋ねたところ、「会話をしない」という回答が一定数あったそうです。

石黒:それは、指導をしないということですよね。そんなことが続くと、日本の国力が低下してしまいます。

三村:先月、視察を兼ねて中国に行ってきたのですが、地方都市に行っても経済活動の勢いを感じました。国民性の違いがあるのかもしれませんが、言いたいことは主張する方が多く、力強く明快に発言している姿が印象的でした。

石黒:アメリカなどでも、ディベートをするじゃないですか。言うべきことを言わないのは、一番ダメです。このことは、繰り返し言い続けなければならないと思います。

自己主張できる若者の活躍に期待

石黒:先日、ある会合の講演で登壇者が1時間のうち40分ぐらいで話を終えたので、どうするのかと思ったら、「質問はありますか?」と言った途端、若い人たちから「これはどうなんですか?」「これについてどう考えますか?」と次々に質問が出て、もう20分では収まらなくなりました。関心の高いテーマだったということもありますが、若い人の中には、そういう意識を持っている人が多いと思います。

三村:私も、若い方の研修をしていて、彼らの積極さを感じることがあります。ネット社会になり、リモートでは話せるけど対面では話せないという方も一定数いますが、しっかりと自分の主張を述べる方も多いと思います。一昔前は、欧米人との会議の場ではなかなか会話に入っていけない風潮もありましたが、今後は、言葉の壁を越え積極的に主張できる若い方が増え、個性を伸ばし、組織をリードしていただくといいですね。

石黒:もちろん、意見や質問が的外れでは困ります。そうならないためには、やはり仕事の分野の専門性を身に付けることが大事です。専門性があると、想像力を働かせて、「あの人はこう言っているけれど、こうじゃないか」と理解して話せますから。そういう若い人たちが学ぶ機会を提供するのは、我々の役目ですね。

三村:研修やセミナーも学びの場ではありますが、off-JTはあくまで疑似体験です。日常業務を客観視することや知識・手法を習得することはできますが、人材育成で一番大切なのはやはり現場だと思います。現場の上長の方が育成マインドを持ち、部下にはチャレンジする機会を与え、指導やサポートを意識的にやっていただくとよいと思います。

石黒:本当にそのとおりだと思います。弊社は、昔からOJTが盛んです。特殊鋼というのは、他社では経験できないことが多いですし、そこに携わっている人のノウハウが大きく影響しますので、口伝と言うと言い過ぎかもしれませんが、上長が直接教え、背中を見て育つところがあります。

三村:人材育成において、「背中を見て育てるのはもう古い」と言う方もいらっしゃいますが、私は、後継者の指導や部下の育成においては、背中を見て育つことが必要な場面もあると思います。現場のベテランの方々は、言葉にできない技術やノウハウをうまく伝授していただくことが求められますよね。私見ですが、AIがさらに発達したとしても、人間が人間を教えるというところは、しっかりと保っていく必要があると思います。

役割に対する当事者意識、未知への好奇心を持ってほしい

三村:会長がお考えになる理想の人材育成のあり方について、お聞かせさせていただけますか。特に、経営者や経営幹部を育てるためには、どのように取り組めばよいとお考えでしょうか。

石黒:最初は、その道を極めるくらいにしっかりと専門性を磨いてほしいです。そうすることで、新たな疑問が出てきても対応していくことができる耐性ができます。そのうえで、世の中がどんどん変化していますので、課長、部長というように経営層に近づく段階において、いろいろなことを幅広く学んでほしいと思います。一番大事なのは、その役割になったときに、当事者意識があるかどうかです。名課長が名部長とは限りません。ポジションにはそれぞれ求められる役割があり、部長になっても課長の意識のままでは困ります。その認識ができていれば、教育の機会はいろいろあると思います。

三村:意識が大事だというのは、まったく同感です。ただ、ここ数年、管理職になりたくない症候群の方が増えていまして、「管理職になること自体が罰ゲームだ」という言い方もされます。しかしながら、組織を健全に運営するため管理職は必要です。どうやって優秀な方を導いていけばよいとお考えですか。

石黒:まずは、処遇も含め、管理職になるとこんなベネフィットがあるとしっかり示してあげる必要があります。処遇が変わらないのであれば、楽なほうがいいという人はいます。そのうえで、やりがいやモチベーションが付いてくるものだと思います。

三村:なるほど。実はもう1つ、管理職になるかどうかだけでなく、管理職と経営者の間にも深い溝、高い壁がありそうです。管理者から経営者になるというときに、一番必要なものは何でしょうか。

石黒:好奇心だと思います。未知の世界、自分が経験していない世界に対する関心です。

三村:好奇心ですか・・それはいいですね。
多くの企業を拝見して感じることは、一定の役職になると、攻めよりも守りという方が多くなります。会長のおっしゃる通り、立場が上になるほど、好奇心を持ってチャレンジしていくことが大切だと感じます。
会長は、中部生産性本部の事業活動方針の中でも、「失敗を恐れず、挑戦をし続けていく風土醸成」が求められると訴えていらっしゃいます。今日のお話の冒頭から一貫していると思いますが、変化の激しい時代だからこそ、失敗を恐れずに取り組んでいくことが大事だということですね。

石黒:そう思います。私自身、今までで一番大きい失敗は何だったかと聞かれると、思い浮かぶのは、何かをして失敗したことよりも、やらずに「ああ、やっておけばよかったな」ということです。
ただ、何でもかんでもやればいいわけではなく、バランスは必要です。その見境を付けるのは、1つは想像力です。想像力というのは、プロフェッショナルな人でないとなかなか出てこないと思います。先ほど申しあげたように、まずは専門性を磨き、そのうえで、積極的にチャレンジしていってほしいですね。

三村:ありがとうございます。最後に、これから次世代経営革新塾を受講される皆様にメッセージをいただけますか。

石黒:受講すればその学びは必ず身になり、新たな気づきを得ることができますので、当事者意識を持って参加してくれるとありがたいですね。先ほど先生がおっしゃったように、同期の仲間意識も生まれます。次期経営者として必要な知識やノウハウを学ぶため、積極的に関わっていっていただきたいです。

三村:ありがとうございます。これまで次世代経営革新塾には多くの方がご参加いただきました。これからも産業界の次期リーダーを育成する良い機会になるように努めたいと思います。

本日はありがとうございました。


対談者プロフィール

一般財団法人中部生産性本部 会長
大同特殊鋼株式会社 代表取締役会長
石黒 武 氏
1957年生まれ。1980年慶應義塾大学法学部卒業。同年大同特殊鋼㈱入社。その後、鋼材事業部販売第一部長、取締役経営企画部長、常務取締役、代表取締役副社長執行役員 東京本社長等を経て、2016年代表取締役社長執行役員。2023年代表取締役会長。現在に至る。一般財団法人中部生産性本部会長を務める。

株式会社マネジメントサービスセンター 理事コンサルタント
三村 修司
官庁系・金融系システムでSEを経験後、1996年当社に講師として入社。執行役員・取締役を経て、現在は当社理事。多分野にわたる数多くの企業(公共機関を含む)で、経営者から管理者、若手リーダーまでの各層で人材育成や診断評価に携わる。現場の実態に合わせたカスタマイズと、実践的な能力診断や率直なフィードバックが定評。 担当クライアントは、金融・メーカー・鉄道・エネルギー・IT・マスコミ・大学・官公庁と多岐に渡る。

財団名
一般財団法人中部生産性本部
設立
1956年4月16日
役員等構成
評議員 24名 理事 25名 監事 2名 顧問 1名 参与 1名
経営審議員70名(2025年 4月 1日現在)
2025年度事業活動の重点実施事項
・日本の強みを活かし、持続的成長を実現させる経営のイノベーション
・多様な人材が活躍し、一人ひとりが成長を実感できる仕組みづくり
・サービス産業、中堅中小企業、管理間接部門等の生産性向上
・世界の持続的成長を踏まえた日本企業のグローバル対応
・働く環境、価値観が変化していく中での労働組合活動の支援