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早稲田大学商学学術院 早稲田大学大学院商学研究科 教授 谷口真美先生

日本企業が「知と経験のダイバーシティ」を活かし、イノベーションを創出していくための課題

 

早稲田大学商学学術院 早稲田大学大学院商学研究科

              教授 谷口真美 先生

  


経営学の専門家であり、ダイバーシティ研究の第一人者である早稲田大学の谷口真美教授は、「企業の競争力強化の手段としての多様性推進」という観点に着目し、女性、高齢者、障害者の雇用比率やだれもが働きやすい環境の整備といった「表層の多様性」の切り口だけでなく、職歴、スキル、パーソナリティ、考え方、仕事観、文化的背景など、個性やアイデンティティ*1の違い(深層の多様性)といった「知と経験のダイバーシティ」の重要性を指摘する。「知と経験のダイバーシティ」を活かすうえで、日本企業の課題は何か。弊社代表取締役社長の脇田幸子が伺った。(文中敬称略)。


 

  

知と経験のダイバーシティを活かす仕組み、活かせるリーダーが不足

脇田:谷口先生はD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の専門家であり、なおかつ、経営リーダーの輩出に向けた様々なお取り組みや提言をされていますね。本日はいろいろと勉強させていただければと思いますので、よろしくお願いいたします。

谷口:こちらこそよろしくお願いいたします

脇田:まず、日本企業が直面している課題について、D&Iの観点から見てどのような点に注目されていますか。

谷口:私は、2022年5月に公表された「人材版伊藤レポート2.0」の検討会の委員を務めました。そこでは、人的資本経営においても「知と経験のダイバーシティ」を活かすことが大事だと提言されたこともあって、一応は多くの企業でD&Iの重要性が認識されるようになったと見ています。

脇田:企業の統合報告書などを見ると、D&Iの捉え方がまだまだ属性区分にとどまっており、女性管理職比率なども、とりあえず義務として記載している、というものもあるように感じます。

谷口:実はそうなんです。2025年4月、私が「多様性を競争力につなげる企業経営研究会(経済産業省)」で座長を務めさせていただき、『企業の競争力強化のためのダイバーシティ経営』と題するレポートを作成しました。このとき、報告書から表層属性のみが企業競争力にむすびつくような表現をほぼすべて落としたんです。なぜなら、「女性だからこうする」「女性がいたからプラスの効果があった」といった表層属性の問題として捉えるのではなく、知と経験のダイバーシティが大事だと考えるからです。もちろん、人権に関わることや倫理的に正しいことはあまねく推進すべきであり、それらは本来合理性や戦略性などとはトレードオフ関係にはないものです。ダイバーシティは、そこに重ねて事業やイノベーションの結果を出すための手段であり、経営の選択肢の一つなのです。 ただ、有力な選択肢の一つであるにもかかわらず、その知と経験のダイバーシティを活かす仕組みやリーダーが不足していることで、効果につなげられていないことが日本企業の課題だと思います。

ダイバーシティを活かすことへのインセンティブがないことが問題

脇田:知と経験のダイバーシティを活かす仕組みが不足しているというのは、どのようなことを指すのでしょうか。

谷口:知と経験のダイバーシティの活用に向けた組織的な行動がとられていない。つまり、それらを活かすことに対して、個別の上司・部下間での閉じた文脈における‘賞賛’や‘感謝’に留まり、公式的なインセンティブが与えられていないということです。例えば、近年、多くの日本企業で中途採用が非常に増えていますが、上司が懸命に努力してその人たちを活かしたとしても、業績に反映しない限り現行の評価指標では把捉できない。「多様性をプラスに変えよ」と言われるだけで、活かしたことへのインセンティブがないのです。

脇田:評価やインセンティブによって人が動くというのは、そのとおりだと思います。それに加えて、受け入れる職場が意図を理解していないために多様性を活かせていないという面もあるのではないでしょうか。

谷口:そうですね。受け入れる職場側には新規採用者の役割や目標を明確に伝えられることなく、ただ新しい人が来て、「何か新しいことを探してください」と言われるだけですから。米国のグローバル企業などでは、明確に役割分担ができていて、「こういうミッションがあり、こういうプロジェクトがあるから、こういう人材ポートフォリオが必要。だから、中途採用でこういう人をアサインする」という「コーディネーション型」*2なんです。日本企業は、何か新しいことに取り組むとき、まず既存の社員で何とかしようとします。例えば、業務フローや要員には手を付けないまま、「〇〇の勉強会をしよう」と言って皆で学び、皆でカバーしようとする、「モチベーション型」*2です。一方、コーディネーション型の企業では、「このビジネスをつくりたい」というとき、その役割を担える人をアサインします。特に新規ビジネスの場合、将来競合する事業者よりもいち早く始めないとコスト競争に負けてしまいますので、先行して動く必要があります。

自社の「知と経験のポートフォリオ」を明確にすべき

脇田:最近、お客様の中に、尖った人材を採用しようとする企業が増えています。ところが、「尖った」という表現が極めて曖昧で、どういう人が必要かを定義しないまま、はっきり物が言えるとか、少し変わった経験をしている人を採用し、結果として組織文化に馴染めず、早期に離職してしまうという話も聞きます。

谷口:それは、ダイバーシティレポート(経済産業省)*3でも指摘されていますが、自社の人材ポートフォリオが明確になっていないことが原因ですね。自社にどんな人材がいるか、何が欠けているかを把握したうえで、どのような人材をどこに配置すべきかを事業とのかかわりで考える必要があります。あくまでも戦略の実現手段として人材ポートフォリオを設計するのです。そういうことを行わずして、「皆で学んで、なんとかしよう」という精神論だけでは、結果を出せません。

脇田:そうですね。そのような状況で、エンゲージメントサーベイのスコアをモニタリングして、「社員のモチベーションが下がっている」とCHRO(最高人事責任者)やミドルの責任にされるケースも見受けられます。

谷口:日本企業は、成果よりもモチベーションを過度に重視する傾向があります。エンゲージメントの向上は本来、目的達成のための手段であるはずです。場合によっては、モチベーションが上がらない人材は、そもそもその企業の人材ポートフォリオにおいて必要とされていない可能性もあります。にもかかわらず、とにかく「皆のモチベーションが高いことが一番よい」と思い込んでいるのです。

脇田:この記事を読んでドキッとされる方は多いのではないでしょうか。重要なのは、目的は何なのかということですね。私どもでは、事業戦略を実現するうえで乗り越えなくてはならない課題を「ビジネス・ドライバー」*4と呼んでいます。人を採用したりプロジェクトやタスクにアサインしたり、あるいは重要な役割・機能の後継候補者(サクセッション)プールに入れるときに、今、事業戦略として実現したいことは何か、その実現したいことに対して乗り越えなければならない課題は何かを明らかにし、それを乗り越えていく力をコンピテンシーと紐付けて人材ポートフォリオをつくり、候補者の能力を見極めていくことを提唱しています。こういったアプローチは、先生がおっしゃっていたこととつながると、心強く感じました。

日本企業の新規事業がうまくいかない要因とは

脇田:今、多くの企業では、新規事業を創出することと、既存事業を改善しながら安定的に利益を上げ続けることの両方が求められています。いわゆる「両利きの経営」ですが、これに戸惑っている方が少なからずいらっしゃいます。専門家の視点から、どのようにお考えですか。

谷口:両利きの経営には、二つのアプローチがあります。一つは、本体組織から切り離した「出島型組織」をつくるなど、構造的に分けるやり方。もう一つは、3Mの「15%ルール」のように、労働時間の一部を使って新しいことに取り組むことを認めるやり方です。

しかし、日本企業では、どちらのやり方もあまりうまく機能していません。まず、一つ目の出島型の場合、構造的に分けられた方の人たちへの支援が不足しています。特にインセンティブ欠如は深刻です。出島の人たちを支援しても評価されないため、各事業部は、「自分たちの業務で手いっぱいなのに、なぜ支援しないといけないのか」となってしまいます。また、経営トップ自身が新規事業に対して本気でコミットしていないケースが多く、「ちょっと手伝ってあげてよ」といった程度の関与にとどまり、支援をしなくてもペナルティはありません。

脇田:やはりインセンティブとトップのコミットメントが大事なのですね。

谷口:はい。もう一つの同時に二つのことをやるやり方も、うまくいっていません。欧米のグローバル企業では、3Mと同様のルールやカルチャーを設けている企業が多いですが、日本企業は掛け声ばかりで、新しい取り組みに対する評価やインセンティブもありません。その結果、目の前の業績が優先されます。加えて、ここ20年間はリーマンショックやパンデミックなどの影響で、企業は激変する環境への適応に追われ、新規事業のことを考える余裕がありませんでした。

脇田:未曽有の危機においては、ニーズに呼応して、新しいものが自然発生的に生まれてくることもありますよね。現場も、変化を受け入れざるを得ない状況では、平常時よりも必死に、行動変容に努めなくてはなりませんし。

谷口:パンデミックのときに大きく伸びたのは、医療分野です。コロナの検査薬や治療薬を早期に開発しなければならないという背景がありました。それとゲーム業界。世界が一変して自宅にいる時間が増えたことで、急成長しました。ただ、ほとんどの会社は、環境に適応し企業として生き残ることに精一杯でした。戦略のスパンも、どんどん短期になっています。少し前までは、5〜10年スパンの中期経営計画を立てる企業が多かったのですが、急激な環境変化により、計画通りに進まないことが前提となり、短スパン化が強まりました。その結果、新規事業よりも目の前の業務を回すことが優先される傾向がより強まっています。

戦略をデザインできるリーダーの育成が急務

脇田:これは肌感覚ですが、日本企業は、少なくとも人材マネジメントや育成に関しては、パンデミックにおいても、長期の目線を見失わないように努力していた印象があります。背景には、リーマンショック後、研修や採用を大幅に絞り込んだ結果、数年経ってから管理職候補者が減ってしまったことへの反省と、人口減少により重要ポジションを埋める人材の確保が難しくなっていくことへの危機感があるのだと思います。私は、こうした長期目線を維持しようという姿勢は日本企業の強みだと考えています。ただ、先生のお話にもありましたように、新しいことを開発していくための多様な人材を活かすリーダーをどう育てていくかが課題ですね。

谷口:ミンツバーグの『戦略サファリ』*5では10の戦略アプローチが紹介されていますが、日本企業は「ラーニングスクール」(ラーニング学派、トップダウンの戦略立案ではなく、現場に近いところから生まれる戦略提案を重視する戦略論。経営陣による分析的アプローチよりも、組織学習を通じて現場から創発される戦略を重視する)を重視する傾向が強いです。ミンツバーグも言っていますが、皆で学び合い、組織全体の底上げを図るやり方は、日本企業の強みです。

一方、弱いところは何かというと、戦略のデザインです。戦略をデザインし、そのもとでどういう人材ポートフォリオをつくり、結果に結び付けるかというストーリーを描くスキルを持った人材が、まだ十分に育成されていません。

現場のモチベーションを上げて、「皆で頑張ろう」とまとめていくリーダーに戦略がつくれるかというと、そうではないと思います。そこは役割分担で、両方のタイプが組織にいることが理想的ですよね。日本のよさにプラスして、そういう経営者がいれば完璧です。

脇田:なるほど。

谷口:そのときに大事なのが、世の中を見通す予見力や先見性です。外部環境の複雑性を認識し、今までとは異なる因果ロジックで新しいビジネスを組み立てることが求められます。三品教授が説明されている事業経営の構造モデル*6を用いて言えば、通常の意思決定レベル(体制、製品、管理といった戦術レベル)の見通しではなく、さらにその基盤である戦略レベル(環境・インフラ、立地など)で状況を理解できることです。また、皆を動員する力も大事です。戦略というと頭の中だけで考えるイメージがありますが、立てた戦略が正しかったと言えるぐらいに人を動かす力が必要です。

対立や「もやもや」は、自己認知の貴重な機会

脇田:先を予見しながら戦略をデザインしていく力に加え、実行をリードする力が必要ということですね。実行をリードする際には、言葉を尽くして説得する、本音で向き合うといった、対立やストレスから逃げない胆力も必要になりますね。

谷口:そうですね。何か新しいことを始めるときには、よく総論賛成各論反対ということが起こります。日本では足並みがそろわないといけないと言われがちですが、反対する人がいることは必ずしも悪いことではありません。反対があったことによって、大きく間違えずに済むこともあります。

脇田:それが多様性の効果ですね。ただ、多様性は大事だと言いながらも、自分と異なる考え方や文化に触れるともやもやして戸惑うことがあります。その「もやもや」をどう乗り越えていけばよいのでしょうか。

谷口:もやもやするのは、実はすごく大事なことです。もやもやすることは、自分自身の考え方やロジックを客観的に認識する機会になります。同質な文化の中では、なかなか自己認知は進みません。異なる考え方や対立に直面することで、自分の思考や価値観を認識する第一歩となるのです。

脇田:もやもやを解消するために、マネジャーやリーダーに何ができるでしょうか。

谷口:コミュニケーションや対話場面によくありがちなのが、ただ傾聴して終わりにしてしまうことですが、それでは自己認知は進みません。言語化してあげて、内省させることが重要です。

脇田:内省を促すには、問いが重要になりますね。

谷口:そうです。問いによって、なぜその人とコミュニケーションに距離を感じるのか、なぜ伝わらないのか、その距離にはどんな意味があるのかといった視点を持たせることで、部下の視座を一段高めることができます。

サクセッションプランニングは、日本企業の強みになり得る

脇田:私は日本企業を中心にこの半年間で50社近くの企業の人事・経営責任者を訪問し、対話の機会を設ける活動を行っています。経営者や機能・事業経営層の後継者計画(サクセションマネジメントプラン)の現状を伺うと、ミドル層から経験を積ませて、能力開発を支援し、その人の多様性を活かしながらしかるべきポジションに就けるよう育てていく仕組みが十分に機能している会社は、まだ多くはないと感じています。整備がなかなか進まないのは、なぜでしょうか。

谷口:一つは、部下や自身の後継者育成やそれに適した人材を見出すことに対するインセンティブが与えられていないことです。インセンティブがないので、目の前の業績を上げることにばかり注力してしまいます。また、GEのような先進企業の取り組みに倣ってサクセッションプランを導入した企業も、モデル企業のGEの業績悪化などを理由に継続を断念するケースが少なくありません。

日本企業は社内昇進の人が多いので、サクセッションプランを計画的に実施すれば、海外の企業に対して大きな強みになるはずです。退職する人も少ないので大きな効果があるのに、もったいないと感じます。

脇田:日本企業ならではの手厚い育成も可能ですしね。

谷口:そうなんです。海外の人材、タレントは、手厚く育てても、ヘッドハンティングされて辞めていく人も多いですが、日本は比較的少ないですから。

脇田:実は、最近また、サクセッションプールをつくろうとする企業が増えているんです。そのときに問題になるのが、サクセッションプールに入れるだけでなく、外す際の対応です。入れ替えをする機能が仕組みとしてあればよいのですが、そうでないと、外されたときにモチベーションが下がって転職してしまう恐れもあります。そういう運用面を含めて、皆さん、真剣に考えているところです。うまく運用している企業は、例えば執行役員がメンターとして関わり、サクセッションプールから外すときは、「今の事業戦略に対してどういう力が必要で、あなたはよいところたくさんあるけれど、この戦略の実行に必要なこの部分が不足しているから、今回、プールからいったんは離れることになる」と丁寧に説明しています。こうした対応もよい影響を与えているのか、その企業は離職率も低いです。

谷口:透明性は大事ですよね。理由が曖昧なまま外されると不満が募りますが、納得できる説明があれば、「次はどうすればよいか、自分自身、今後、どんな行動をとる必要があるだろうか」と前向きに考えることができます。

人材データベースの有効活用は今後の課題

脇田:私どもでは、知と経験のダイバーシティを進めていくために、人材データの利活用や人材ポートフォリオの分析方法について研究をしています。何かアイディアやアドバイスがありましたら、教えてください。

谷口:例えば、日本に本社を置くあるグローバル企業では、経営戦略の実現に必要な人材、最適な人材を選ぶためにデータベースを活用されています。パソコンのキーを押すだけで、全世界の従業員の中から、次のプロジェクトにアサインできる人材のリストが表示されます。単に性別、年齢といった表層属性や肩書きとしての職歴だけでなく、「この人は、いつからいつまでどのプロジェクトにアサインされている。どんなスキルがあって、前のプロジェクトではこんな結果を出している」というように、まさに知と経験を確認することができ、それを踏まえて次のアサインを考えます。IBMには数十年前からタレントに関する詳細なデータベースがあり、だれがどんな貢献をしたかまですべての情報が集約されているそうです。そこには、異動歴や評価情報のみならず、各職務での上司・同僚情報、評価コメント、能力開発に向けた取り組みなど業務上のパフォーマンスにつながる時系列情報が網羅されています。

脇田:すばらしいですね。欧米のカンファレンスに行くと、ピープルアナリティクスのプラットフォームが進んでいることに驚きますが、日本では、まだそれほど分析的なものが本格導入されていない印象があります。

谷口:日本企業では、データを異動の判断材料にしか使っていないケースが見受けられます。「この人は長く同じ部署にいるから、そろそろ異動させようか」といった感覚的な運用が中心で、知と経験のダイバーシティを活かすレベルには達していません。属人的な情報ばかりでは、イノベーションにつながるような活用は難しいですね。

脇田:そうですね。過去の目標管理(MBO)の記録はあるかもしれませんが、それをAIに分析させても実用性には疑問が残ります。データの蓄積方法から見直していく必要がありそうです。

日本企業のよい点を維持しつつ、知と経験のダイバーシティを活かしていってほしい

脇田:私は27年間、コンサルタントとして活動してきて、今でも現場に出ることがありますが、製造業の会社などに伺うと、社員の皆さんが言われなくてもルールを守り、互いに助け合っている姿に胸が熱くなることがあります。ルールの遵守のマネジメントにさほど労力がかからないとか、相互支援を促すためのコミュニケーションコストが低く済むというのは、日本企業の見えない強さだと思います。

谷口:そうですね。それにプラスして、中途採用などで新しく入って来た人を活かしたり、オープンイノベーションを進めたりできると、さらに強くなりますね。

そのために必要なのが、知と経験のダイバーシティです。日本企業に「自社の競合はどこですか」と尋ねると、大体、日本の会社を挙げます。しかし、グローバルで見ると、日本の大企業も中堅企業に位置づけられることが多い。世界で競争力を発揮できていない大きな理由が、知と経験のダイバーシティを活かせていないことにあります。

脇田:様々な観点からアドバイスをいただき、日本企業の今後の課題がより明確になりました。最後に、読者に向けてメッセージをいただけますか。

谷口:今回は日本企業の課題について多く触れましたが、脇田さんがおっしゃるように、日本企業にはよいところがたくさんあります。皆で学習するなど学習に関してはとても優れていますし、心理的安全性も確保されています。では、何が一番足りないかというと、トップの戦略です。従業員がこれだけ努力しているのに結果が出ないのは、戦略に問題があるからです。繰り返しになりますが、戦略をデザインできるリーダーを育てていく必要があります。

経済産業省のダイバーシティレポート*3は、企業のダイバーシティ経営に関心のある方に幅広く参考にしていただける内容になっています。が、特に「変わらなければいけない」と思っている経営者や社員の方々に読んでいただきたいと思い作成しました。イノベーションというと、製薬会社で新薬をつくるようなイメージを持たれるかもしれませんが、どの業界でも、イノベーティブなことを生み出すことはできます。知と経験のダイバーシティを活かして、積極的にイノベーションに取り組んでいってください。

脇田:先生とのやり取りの中で、異質な人やモノが入ってきたときに感じる「もやもや」が自己認知につながり、自分や組織が変わるチャンスだという点は、特に感銘を受けました。もやもやすることはネガティブなことではなく、ポジティブな変化の兆しであることを広めていくことで、日本企業も前向きに変わっていけるのではないかと思います。本日はとても勉強になりました。多くのヒントをありがとうございました。

脚注:

*1:個性やアイデンティティ…ここでの「個性」とは、他の人とちがったその人特有の性質・性格を指し、「アイデンティティ」は、自分が何者であるかという感覚や、他者と区別される独自の個性・自己同一性を指す

*2:いずれも、三品和広 (2004), 戦略不全の論理:慢性的な低収益の病からどう抜け出すか, 東洋経済新報社.

*3:経済産業省 企業の競争力強化のためのダイバーシティ経営(略称;ダイバーシティレポート)…https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/diversityreportr.pdf

*4:ビジネス・ドライバー…ビジネスの優先事項(戦略的優先事項と求められる組織文化)を実施し、ビジネスを前に進めるために3~5年以内に乗り越えなければならない、リーダーシップに関わるさまざまな課題や障害のこと

*5:戦略サファリ…「マネジャーの実像」でリーダーシップやマネジメント領域で著名なヘンリー・ミンツバーグによる、戦略論を10に分類しそのアプローチの特徴や相互作用について体系化した書籍

*6:三品和広 (2015), 経営戦略の実践 高収益事業の創り方, 東洋経済新報社


対談者プロフィール

早稲田大学商学学術院 早稲田大学大学院商学研究科
教授 谷口 真美 先生
神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了 博士(経営学)。2008年4月より現職。2013-2015年、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院客員研究員。これまでに経済産業省ダイバーシティ経営企業 100選/プライム運営委員、同省『人的資本経営の実現に向けた検討会』委員、同省『多様性を競争力につなげる企業経営研究会』座長を務めた。ダイバーシティ研究の国内第一人者。

株式会社マネジメントサービスセンター
代表取締役社長 脇田 幸子
広告代理店勤務を経て、マネジメントサービスセンター(MSC)入社。HRコンサルタントとして27年のキャリアを積む。2025年代表取締役社長に就任し、顧客の重要ポジションにおけるサクセッションマネジメントコンサルティングと運用支援を推進している。専門は、上級マネジメント・経営層を対象としたアセスメントと能力開発支援。DDIラーニング・システム認定マスタートレーナーとして、リーダーシップ開発を担うファシリテータの養成にも力を注いでいる。