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ピープルファクターコンサルティング 代表 高橋 俊介氏

日本の人事30年の停滞の要因と、アセスメント活用への提言

 

ピープルファクターコンサルティング 代表 高橋 俊介氏

  


バブル崩壊後、日本の人事・人材マネジメントは大きな転換期を迎えてきた。その中で、従来の仕組みが抱える課題は何か。そして今後、どのような視点で改革を進めるべきなのか。また、近年、関心が高まっているアセスメントや重要ポジションへのサクセッション(後継者育成)について、どのように捉えるべきか。本対談では、戦略コンサルタントから人事の世界へと転身し、大手人事コンサルティング会社のトップとして、また、大学教授・研究者として、日本の人材マネジメント業界をリードし続けてきたピープルファクターコンサルティング代表の高橋 俊介氏に、弊社執行役員の加藤 寧利とシニアコンサルタントの内藤 琢が、日本企業が直面する人材マネジメントの本質課題と、これからの打ち手について、伺った。
(以下敬称略)


 

  

戦略コンサルから人事コンサル、そして研究者へ。30年以上にわたる日本の人事の変遷

加藤:本日は、先生の人材マネジメントやキャリアについての考え方、近年注力されているリベラルアーツ教育、また、弊社の事業であるアセスメント、サクセッションなど、幅広くお話を伺えればと思っております。まずは、この30年の日本の組織や人事の変化について、大きな視点からお話しいただけますか。

高橋:私はもともとマッキンゼーにいたのですが、1989年、バブル崩壊直前に、本格的に人事の世界に足を踏み入れました。言い換えれば、バブル崩壊後の日本の人事を見続けてきたことになります。

当時、私が戦略の方向性を描いて日本企業に提案すると、「それはできません」と言われることが少なくありませんでした。特に事業の売却や撤退といった意思決定は、80年代の日本企業には極めて難しいものでした。その背景には、人と組織の問題があります。いくら優れた戦略を描いても、人と組織のあり方が硬直的だと、変化の時代には対応できない——そうした問題意識から、人と組織の領域に関心を持つようになりました。

加藤:長年にわたって人事をご覧になってこられたのですね。変化の幅を実際に体感されているのは、とても貴重だと感じます。

人が競争優位の源泉と捉え、経営視点の人材マネジメントを推進

高橋:当時は、日本も欧米も、人材マネジメントによって経営戦略上の優位性を築くという発想があまりなく、どちらかというと、事業を支えるインフラを整える役割が求められていました。

内藤:つまり、土台として支えることが重視されていたということですね。

高橋:そうなんです。私がマッキンゼーにいた頃、企業に大胆な戦略を提案したときに、「それは他社もやっていますか? 他社もやっていれば安心なんですけど」などと言う人はいませんでした。そこが差別性や優位性を生み出すための提案になるわけですから、当然のことです。ところが、人事制度の話になると途端に「他社も導入していますか?」となる。これは、戦略コンサル出身者としては、大変な驚きでした。

内藤:非常に重要な視点だと感じます。事業戦略では他社との違いをつくることが重視される一方で、人事戦略になると、どうしても他社事例や一般的な型に安心感を求めてしまう面があります。しかし本来は、人事こそ自社の事業特性や組織文化、目指す競争優位と結びつけて考える必要がありますよね。私たちもお客様と議論する際には、「一般的に正しい制度」ではなく、「その会社らしい人材マネジメントとは何か」を一緒に掘り下げることが大切だと感じています。

高橋:1960年代以降、アメリカで非常に特長的な人事制度が生まれました。詳細な職務記述書を作成し、ジョブ型と呼ばれる等級を30何等級も定める仕組みです。その背景には、1964年の新公民権法の成立があります。つまり、差別を巡る控訴に対し、「人ではなく職務に基づいて処遇している」と説明できるようにするためであり、これもやはり、経営上の優位性を生むためというよりも、リスク回避・防御のための仕組みでした。

その後、1997~98年にシアトルにあるスターバックスの本社を視察した際に驚いたのが、パートタイマーにもストックオプションを付与していたことです。これを日本流に解釈すると、「創業者のハワード・シュルツはイタリア系の貧困な家庭に育ち、その原体験で人を大切にする」といった美談として語られがちですが、本質はそこではありません。当時、同社の担当者は、「我々のターゲット顧客は、月間来店回数が15~20回の人です」と明言しました。つまり、ヘビーリピーターを軸にしたビジネスモデルです。私はこれを「顧客接点ブランディング」と呼びましたが、今でいうCX(顧客体験価値)によってリピーターを創出することが、自社の差別性・優位性になると考えたわけです。そのためには、マニュアルに依存しない接客をする。そう考えると、顧客と直接向き合う人たちにストックオプションを付与するのは自然ですよね。

一口に「日本型人事」と言われますが、歴史や背景を汲みながら独自の「我が社型」を目指すべきです。トヨタ自動車は日本型人事を行ってきたのではなく、トヨタ型人事を徹底してきた。その独自性こそが差別性・優位性につながっているのです。

日本の人事が抱える構造的問題――歴史視点の欠如

高橋:日本の人事は、長い間、「日本型」と「欧米型」という地域的なフレームワークで語られてきました。しかし、アメリカもヨーロッパも、日本も、それぞれ時代とともに変化しています。本来必要なのは地域比較でなく、時間軸の視点なのです。

例えば、近年、「人的資本経営」で語られていることも、本質的には30年前と大きくは変わりませんよね。言葉だけ変えたバズワードが生まれ、それに皆が振り回されるということが繰り返されていました。

加藤:日本の人事が抱える問題は、時間軸が欠けているという日本の社会全体に通じる問題でもあるのですね。

高橋:その通りです。90年代後半、日本の総合電機は万単位のリストラに踏み切りました。それまで「当社は、人には手をつけない。社員は絶対に守る」と言っていた企業が大きく方針転換したわけです。これは、IBMが1991〜1992年に10万人以上のリストラを行った動きと同じです。同社は、1986年、社長が社員に、「IBMが成功したのは、社員の会社に対するロイヤリティが高いからであり、それは終身雇用によって支えられている」と語ったそうです。しかし、わずか5〜6年で方針転換を迫られました。程度の差はありますが、両者の間に「日本型」「欧米型」の違いはなく、5年から10年のタイムラグがあるだけで、起きている現象自体は共通しています。だからこそ、日本の人事は、歴史を振り返り、変化の文脈で理解する必要があるのです。

日本では、90年代後半に広まった「成果主義」もその多くは、年功制の後払い賃金によってオーバーペイ化した団塊世代への対応が実質的な目的でした。ところが、制度導入の表向きの理由は「競争原理による活性化する」という建前が独り歩きし、かみ合わなくなった経緯があります。

内藤:人事施策を考える際には、制度そのものだけでなく、その背景にある経営課題や組織課題を見極めることが重要だということですね。私たちも人事や経営の方々とお話しする中で、「何をするか」以上に、「なぜそれが必要なのか」「どの課題に向き合うための施策なのか」を丁寧に確認する必要があると感じています。そこを見誤ると、制度は整っていても、現場の納得感にはつながりにくいのだと思います。

高橋:今も、形を変えながらも、同じ課題に対して同じような対応を繰り返している、そのような面があると言えるでしょう。

これからのキャリア形成には、詳細な分析・計画・管理はそぐわない

高橋:経営視点の人材マネジメントに加え、もう一つ私が強い関心を持っていたのがキャリアです。変化の激しい時代において、職業キャリアのあり方も大きく変化していくと考えました。

ワイアットの社長を務めた後、キャリアの研究に本格的に取り組もうと書籍出版の準備もしていたところ、花田光世先生からお声がけいただき、2000年に慶應義塾大学SFC研究所に設立されたキャリア・リソース・ラボラトリ(キャリアラボ)に教員として参画しました。

そこで一貫してお伝えしてきたのは、先が分からない変化の激しい時代には、キャリアについて細かく計画したり管理したりするべきではないということです。今の時代に求められるキャリア自律は、固定的なものではなく、ダイナミックで継続的なプロセスなのです。

昨年亡くなられた野中郁次郎先生は、「日本の失われた10~20年の最大の問題は、オーバー・アナリシス(過剰分析)、オーバー・プランニング(過剰計画)、そしてオーバー・コンプライアンス(過剰規制)にある」と指摘されました。まさにそれが本質だと思います。これは人事制度にも当てはまります。例えば、アメリカの伝統的職務給制度は、オーバー・アナリシス、オーバー・プランニングの象徴ともいえる仕組みです。私はこれまでも、ジョブ型かメンバーシップ型かという議論以前に、こうした「過剰な設計思想」そのものが問題であると指摘してきました。安定性を重視しすぎる飛行機はむしろ操縦性能が低いという話もあります。環境変化を睨みながらも、過剰になりすぎないことが大切です。

加藤:今のお話は非常に示唆に富む内容で、キャリアを細かく設計するのではなく、変化の中で更新し続けるものとして捉える重要性を改めて感じました。一方、それを現場でどう具体化していくかが、今まさに問われているのだと感じます。

キャリア自律において大事なのは内的動機

高橋:キャリアを考えるうえでは、「好きなことを仕事にしよう」などと短絡的に判断するのではなく、内的動機という概念を理解する必要があります。内的動機が十分に発揮されているとき、人は自分らしくいられるし、人によって内的動機が違うという点がポイントです。また、内的動機のダイバーシティは大切です。例えば営業職においても、達成動機の強い人ばかり集めればよいというわけではありません。「営業にはこういう人が向いている」と捉えて一つのタイプの人ばかりを集めると、そのタイプに合うクライアントしか取れなくなります。異なるタイプの人材が定着しにくくなるという問題も生じます。

内藤:同質性がさらに高まるのですね。

高橋:その通りです。

加藤:自分の内的動機を理解している人はどれくらいいるのでしょうか。

高橋:難しいところですね。MBTIが一種のブームになりましたが、誤解も多い一方で、「人にはさまざまな動機や特性がある」という認識を広めた点では意味があったと思います。

内藤:内的動機に刺激を与えていくことが重要だと感じましたが、外から刺激を与えられるものでもないように思います。

高橋:内的動機というのはコミットメントややる気とは異なり、人の内側に組み込まれている不動のものなので、基本的に外から変えることはできません。だからこそ、そこに自分らしさの本質があります。

ただし、学びと内的動機には関連があり、なぜそれを学びたいと思うかという気持ちは人によって異なります。やはり自らの興味や関心に基づいて学ぶことが、結果として内的動機を活かすことにつながります。その気づきを促すことが大事だと思います。学ぶ上で好奇心は大事な資本となります。特にAI化の時代に必要な考えです。

加藤:MSCでは、ヒューマンアセスメントを通じて、複数のシミュレーション場面における言動をもとに再現性のある行動傾向を明らかにしています。また、その言動の背景にある動機についても、ご本人の気づきを促しています。私たちも人材の成長においては、行動だけでなく動機や特性への理解を深めることが大切だと考えています。

サクセッションプランは、ガバナンスの中核テーマ

加藤:最近、お客様から、アセスメントを通じたサクセッションについてお問い合わせが増えています。企業や人事が意識するべきことはありますか。

高橋:私の記憶では、サクセッションプランは、日本でも30年ぐらい前から、主に外資系企業で行われていました。

アメリカ企業がサクセッションプランを始めたのはなぜかというと、典型的なアメリカ企業では人事権を上司が持っていて、部下と強く結びついていたからです。そのため、上司が転職するときに部下をまとめて引き抜くケースがあり、組織運営に大きな影響が出てしまいます。こうしたリスクを防ぐために、サクセッションプランが必要とされてきました。

しかし、日本企業ではそういうことは起こりにくいので、当時は、「話は分かるけど、何のために必要なのか」という反応でした。それが今、急に注目され始めたのは、伊藤レポートの影響以外の何ものでもありません。ダイバーシティ推進も同様ですが、統合報告書に記載するための人事施策になりかねない側面も見受けられます。

ただ、私は、ガバナンスの本質は、データの開示云々ではなく、サクセッションプランだと考えています。きっかけは伊藤レポートでしたが、取り組むべき重要なテーマです。ただし、昔のような分析と計画と管理によるサクセッションプランではいけません。事業や職務が短期間で大きく変わりますから、詳細な職務記述書を定め、細かく計画を立てている間に前提が崩れてしまいます。こういった点に留意して運用することが大切です。

加藤:つまり、サクセッションプランを進めるうえでは、手段と目的を混同しないこと、また時代の変化に対応できるよう、オーバー・プランニングに陥らないことが大切だということですね。クライアント企業の方々と議論するうえでも、重要な視点だと感じます。

サクセッションの対象者に本質を見る習慣を養うためにもリベラルアーツを

高橋:とはいえ、特に上級役員以上については、どんな候補者がいて、どんなコンピテンシーを備えているか、どんな経験や学びをさせたらいいのかは考えておくべきでしょう。できれば社外取締役も参加して議論検討し、少なくとも5年以上前から、可能性のある人材をプーリングし、計画的に経験や学習機会を提供していくべきです。

ポストに就けて実務経験を積ませることももちろん不可欠ですが、それと同じくらい学びも大事です。今の役員クラスは、内向志向が強く、外部環境への理解が十分でないケースも少なくありません。今ある種「バズワード化」してますが、リベラルアーツ研修は増えてますよね。日本や世界のビジネスについて学ぶのも有益ですが、人と組織の根本的な部分を理解しようと思ったら、やはりリベラルアーツを学ぶことをお勧めします。特に社会科学や自然科学について、アンテナを高く持って新しい流れを知るとよいでしょう。例えば、ダイバーシティに関係することでは、ゲノムや生物学的観点で民族に違いがあるのかという議論があり、そうしたことを知っておくのは大事なことです。

ただし、学びは本人がその必要性を理解していなければ意味がありません。私の慶應丸の内シティキャンパス(MCC)の講座では、難しい本を何冊も読んでもらいますが、やらされて学んでも身につきません。「あなたにはこれとこれが足りないから、学びなさい」と一方的に与えるのではなく、対話を通じて自分自身の課題に気づいてもらい、そのうえで、自ら選択し、主体的に学べる仕掛けをつくるとよいと思います。

アセスメントの本質は、自分を客観視するメタ認知

高橋:アセスメントやサクセションプランニングというと、「選抜」の手段だと捉えられがちですが、アセスメントで重要なのは自己分析による自身の気づきです。

以前、アメリカのリーダーシップ研究機関、CCL(Center for Creative Leadership)を視察しましたが、そこでは、ありとあらゆるタイプのアセスメントをしていました。テストもあれば、インバスケットもあり、ディスカッションをさせてその様子をマジックミラー越しに観察する部屋もありました。多面評価も行います。いろいろな手法を組み合わせて、徹底的に自分の強みと弱みを客観的に見つめる機会を提供しているのです。

内藤:自分を客観視できる人材を育てているのですね。

高橋:そうです。いわばメタ認知です。私はよく、「幽体離脱の習慣」と表現しますが、自分を客観的に見つめて自己管理する習慣と能力を身につけさせることは、エグゼクティブになる人が本当に受けるべきリーダーシップ教育です。アセスメントは、その際に重要な役割を果たします。

また、自分自身を客観的に見つめることは、エグゼクティブだけに求められることではなく、キャリア自律の最も重要な要素でもあります。アセスメントへの期待、果たすべき役割は大きいです。老舗で長年の実績のあるMSC社の果たすべき役割も大きいのではないでしょうか。

内藤:まさに、アセスメントの大きな価値は、評価結果を受け取ることだけではなく、自分自身の行動を客観的に振り返る機会を得られる点にあると感じています。実際のアセスメントでは、複数の場面で表れた言動をもとに、自分だけでは気づきにくい強みや課題を確認していきます。そのプロセスを通じて、自分はどのような状況で力を発揮しやすいのか、どのような場面で行動の癖が出やすいのかを捉えてもらうことを重視しています。単なる能力評価ではなく、成長に向けたセルフアウェアネスを高める機会として位置付けることが大切だと考えています。

管理職はスーパーマンではない。機能を分け、役割を再設計

内藤:人事の方とお話ししていて感じるのは、イノベーションを生み出す人材や突破力のある人材が、必ずしも従来型のミドルマネジャー像に当てはまる訳ではないという点です。ピープルマネジメントとイノベーション創出では、求められる役割や強みが異なります。

高橋:よく分かります。日本企業は、あらゆる問題を「上司と部下」という縦の関係で解決しようとしがちです。私はこれを「管理職スーパーマン仮説」と呼んでいますが、今の管理職には、部下一人ひとりの心理的ケア、業務の進捗管理、1on1によるキャリア支援、さらには部門戦略の立案まで、多くの役割が求められています。しかし、それらすべてをうまくできる人は多くありません。

例えばリクルートでは、実験的にピープルマネジメントとタスクマネジメントの役割を分け、一つの部門にピープルマネジャーとタスクマネジャーを置いているそうです。そこまで明確に分けるかどうかは別にしても、管理職の役割を機能によってデコンポジション(分解)するのも一つの方法です。特にキャリアは、個人の人生やプライベートにも深く関わりますし、部下の中長期的なキャリアと上司の短期的な業績責任は、しばし利益相反の関係にあります。そのため、部下にとって上司には本音を話しにくいテーマでもあります。また、家族構成や働き方が標準化された産業化社会で生きてきた男性上司に女性の部下や親の介護が必要な社員に対してよいアドバイスができるかというと、十分に対応しきれない場合もあるでしょう。こうした背景から、厚労省は社内キャリアコンサルタントの配置を推奨しているのだと思います。

内藤:なるほど。上司にすべての役割を押しつけるのではなく、機能で分け、役割分担するのですね。

高橋:その通りです。大企業には実は、「チャレンジをして失敗しても、拾ってもらえる」土壌があります。いわば、捨てる神あれば拾う神ありです。実際、伊藤忠商事でリチウム電池事業に挑戦し大きな失敗を経験した人が、他の本部長に見出され再起したという話もあります。こうした人間関係をつくれるとよいと思います。また、ソニーには、昔から直訴の文化があり、役員に直接訴えることができます。そもそも直属上司に「突破人材を育てよ」と求めること自体、ある意味では論理矛盾です。

内藤:個々の上司に依存するのではなく、組織として人材を発見し、育てていく必要があるということですね。アセスメントも、単に管理職候補を選ぶためだけではなく、一人ひとりがどのような強みを持ち、どのような役割で力を発揮しやすいのかを可視化する機会になります。上司だけに過度な役割を背負わせるのではなく、複数の人がそれぞれの強みを持ち寄りながら組織を動かし、挑戦を支えていくことが大切だと感じます。

歴史を振り返りながら、これからの人材マネジメントに対する期待

加藤:先ほど、日本の人事はこの30年間ほとんど変わらず、同じところを巡っているというお話がありましたが、改めて、その文脈の中で課題と今後の目指すべき方向性をお願いします

高橋: 日本では、「昇進=キャリア」という考え方が一般的ですよね。世界の中で、昇進だけがキャリアになっている社会は、むしろ特殊です。もちろん専門職制度を設けている企業もありますが、多くの場合、昇進は難しいものの限られた人だけが就くポジションという位置づけに留まっています。社会人類学者の中根千枝氏は、先進国の中でも際立って「タテ社会」に寄っているのは日本だけだと指摘しています。この構造には、誰もが社長になれるチャンスを持てるという利点がありますが、一方で多くの負け組を生み出してしまう側面もあります。徳川家康は、天下を取った後、戦のない世をつくりたいと、士農工商を設けました。武士は武士、農民は農民という階層社会=ヨコ社会をつくりました。そうしないと、また豊臣秀吉みたいに農民出身で天下人を目指す人が次々に現れ、永遠に戦争が終わらないからです。ところが、明治維新によってそれが崩れ、再び立身出世を志向する「タテ社会」になりました。

このように、誰にでもチャンスがある一方で、多くの負け組を生むタテ社会において、組織が安定的に機能することを考えなければなりません。

内藤:労働人口が減少していく中では、特定の人材だけに焦点を当てるのではなく、一人ひとりが自分の強みや専門性を活かしながら組織に参加できる状態をつくることが、ますます重要になっていると感じます。昇進だけをキャリアの成功と捉えるのではなく、多様な役割や貢献の仕方を認めていくことが、結果として挑戦する組織風土にもつながるのではないでしょうか。サクセッションやアセスメントも、選抜のためだけではなく、人材の可能性を広く見出し、本人の学びや挑戦につなげるものとして設計していく必要があると思います。

高橋:一般的に、自分が負け組になったと分かった瞬間に、モチベーションは大きく下がってしまいますよね。そのため、戦後の日本企業は、終身雇用や年功序列にして、途中まで大きな差が付かない運用をしてきました。その結果、早期選抜やサクセッションプランを導入しようとすると、「選ばれなかった人のモチベーションをどう維持するのか」という議論が必ず起こるわけです。

ご質問に戻ると、タテ社会の特徴は所属によって安心が保証されるという点があります。このことは、学習が進みにくい面もありました。日本企業の人材育成投資、すなわち、社員ひとりあたりの研修などの費用や時間は、 OECD(経済協力開発機構)加盟国 38カ国の中でも下位にあります。しかし、これからの時代においては自らの専門領域を持ち、なおかつ自分のキャリアに対して主体的にコミットしていく人材を増やしていく必要があります。自らの軸となる専門性を持ち、それを「深掘り」「拡大」「連鎖」させて活かしながらキャリアを築いていこうとする人材が増えなければ、今の状況を脱することはできません。こういった人材が、企業の変化への対応力を高めることになります。個人が自分らしい仕事の仕方を志向し、「仕事自律」と「学び自律」の連鎖をベースに「キャリア自律」を目指す場合、会社と個人の利益はむしろ合致する部分が大きくなると考えています。という意味で、経営の視点からも「キャリア自律」は重要になってきます。

加藤:日本の経済は厳しくなってきていますが、一方で、人的資本経営への関心が高まり、人事に注目が集まっています。日本の人事の方々に対して、メッセージをいただけますか。

高橋:人事が担うべきは、経営視点での人材マネジメントです。ただし、その進め方については、これまでのように細かく分析・計画・管理するという発想は成り立ちません。なぜなら、定めた人材像を実現するのに10年はかかります。その間に事業環境も戦略も大きく変わり、当初描いていた人材像そのものが陳腐化してしまう可能性があります。だからこそ、ビジネスは変わり続けることを前提に、中長期的に変化に適応していける人材の要件を考えるべきです。現在の個別の戦略に合わせたり、職務別・職種別などに細分化できるものではありませんので、企業が目指す大きなビジョンやありたい姿を起点に、コアとなる人材像を考えるとよいでしょう。

加藤:今回のお話から、個々人のキャリア自律が進む中で、組織の人材マネジメントそのものの転換が求められていると感じました。アセスメントは評価からメタ認知を深める機能へ、サクセッションは変化に適応し続ける仕組みとして設計していくことが大切であると認識いたしました。

高橋:これだけ変化の激しい時代において、組織と個人の関係性を再考し、骨太な人材マネジメントが求められます。また、主体的に学べる力は極めて重要です。これは特定の階層に限った話ではなく、あらゆる人材に共通して求められる要素だと思います。

加藤・内藤:本日は非常に示唆に富むお話をありがとうございました。


対談者プロフィール

ピープルファクターコンサルティング
代表
高橋 俊介氏
東京大学工学部航空工学科卒業、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。日本国有鉄道(現・JR)、マッキンゼー・ジャパンを経てワトソンワイアットに入社し1993年に同社代表取締役社長。1997年に独立後、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、同大学SFC研究所 上席所員を歴任。
近著に『キャリアをつくる独学力 プロフェッショナル人材として生き抜くための50のヒント』(東洋経済新報社)、ほか著書多数。

株式会社マネジメントサービスセンター
執行役員/コンサルタント統括本部 本部長
加藤 寧利
筑波大学第一学群人文学類卒業後、国内独立系コンサルティングファーム、大手求人広告会社勤務を経て、2008年より株式会社マネジメントサービスセンターのコンサルタントとして活動。2021年に執行役員就任。専門領域は、ハイポテンシャル人材の選抜・育成、ミドルマネジャーのリーダーシップ開発。製薬、医療機器、電機、金融等の幅広い業界において、コンピテンシー・モデルの設計、リーダーシップ開発に向けたアセスメントセンターやトレーニング、行動変容のためのコーチングを提供する。
Hogan Assessment 認定資格者。ISO 30414リードコンサルタント/アセッサー。

株式会社マネジメントサービスセンター
コンサルタント統括本部 部長/シニアコンサルタント
内藤 琢
京都大学工学部建築学科卒業後、建築設計事業をはじめ教育・農業など多角的に展開する企業に魅力を感じ入社。建築設計部門にて一級建築士として、学校・病院や企業の本社・工場の設計に従事した。その後、新規事業の立ち上げを経て社長室長としてグループ全体の統括業務を担当。各事業部門の責任者と事業方針を策定するとともに、人材採用、法務、経営管理、給与体系整備、システム構築など、組織基盤づくりに幅広く携わった。現在MSCでは、これまでの経験を活かし、自社の枠を超えて社会に目を向ける視点のもと、人と組織の成長を支援している。