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株式会社日立アカデミー 様

“開拓者精神”を発揮し、いち早く新任課長研修を全面オンライン化

経営研修本部担当本部長 佐川典幸様

 


日立グループの研修機関として、年間1,500コースもの研修や人財育成コンサルティングを行う日立アカデミー。同社は、数年前からグローバル共通で、新任課長を対象とした3日間のリーダーシップ・トレーニング「Ready to Lead(R2L)」を実施している。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、多くの企業がこうした研修の開催を見合わせる中、同社は他の多くの企業に先駆け、4月中旬に同プログラムの完全オンライン化を決断。5月中旬には早くもオンラインでの研修をスタートさせた。本プログラムの責任者である佐川典幸様に、オンライン化の経緯と評価、今後の展望について、弊社取締役の脇田幸子が伺った。(文中敬称略)


コロナが収束しても、完全に元には戻らない

脇田:本日はお忙しい中、ありがとうございます。今回、新任課長対象のリーダーシップ・トレーニング「Ready to Lead」を完全にオンラインで実施いただきました。新型コロナウイルスの感染拡大により多くの企業で研修が中止される中、早期にオンライン化の検討を開始されましたが、まず、社内での検討の経緯について伺えますか。

佐川:当社では2月頃から研修のキャンセルが相次ぎ、その頃から「これは大変なことになる」と感じ始めました。「Ready to Lead」は海外も共通で実施していますが、3~4月には世界中で研修がストップしました。なおかつ、3月最終週には我々日立アカデミーのスタッフも、基本、全員が在宅勤務となり、メンバーと顔を合わせられなくなってしまいました。
一方、3月中旬頃からちまたでも「研修のオンライン化」が急に注目されはじめましたので、私のチームからも数名のメンバーが関連するセミナーに参加しましたが、オンライン研修は集合研修とは作りも進め方も相当異なることがわかり、危機感を抱きました。
ちなみに我々日立アカデミーは日立グループ全体の様々な研修を担っておりますので、新入社員向けの教育も行っています。こちらは、試行錯誤しながらこの4月から全てバーチャル(オンライン)で対応しました。

ただ、私が担当する管理者向けの研修については、アカデミー社内でも「簡単にはバーチャル化できないだろう」と言われていました。グループ討議などを通じた相互研さんが不可欠なこととともに、日立グループの管理者研修では、伝統的に、夜のワークやお酒を飲みながらの懇親やコミュニケーションなども重視されていたからです。
しかし、迫田(雷蔵)社長の「全ての分野で例外なくバーチャル化を検討すること」との号令のもと、チームで検討を進めました。4月中旬、まだオリンピックの延期も確定していない頃でしたが、部下より「この環境は簡単に元に戻るとは思えない。とにかく、今のまま国内の階層別研修全コースをなるべく早くバーチャル化させてほしい」と相談を受け、「やってみよう」と決断しました。

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他社に先駆け、管理職研修をバーチャルで実施

佐川:今回の「Ready to Lead」は、結果的には、現在の3日間のプログラムを一旦そのままバーチャル化することにしたのですが、オンライン研修の知識も少しずつ付いてきていた当初、私としては「同じカリキュラムをそのままバーチャルに移行しても十分な効果は上がらないのでは」という思いも当然ありました。

脇田:どのような点でそう思われたのですか。

佐川:まず、1日6~7時間もオンラインで集中力がもつのかとか、同じやり方で十分に効果が上がるのかといったところです。実際、並行して検討していたグローバル版の「Ready to Lead」は完全に再構築することに決まりました。マイクロラーニング(数分の動画視聴や細分化されたWebコンテンツなどの教材を用い、短時間で受講できる学習)やアフターラーニングを取り入れ、1日3~4時間のプログラムに再構築して、この10月にスタートしました。
ただ、日本ではこれができるのを待ってはいられません。一旦、今の形のままオンラインに移し、徐々にあるべき姿にもっていくことにしました。4月下旬に「遅くとも6月にはスタートしたい」と御社にご相談し、結果的に5月13日に1回目を実施することができました。

脇田:それだけ早く実現できた要因は何だったのでしょうか。

佐川:それはやはり、御社のプログラムは構成がしっかりと組まれており、モジュールごとに、質問やディスカッション項目、そこで得られる成果などが明確に言語化されているので、環境が変わっても翻訳しやすかったことが一因だと思います。

オンラインでも相互コミュニケーションは可能

脇田:実際に実施してみていかがでしたか。

佐川:「意外とできるな」というのが、開発チーム皆の率直な感想でした。実施する前はやはり、どうしても一方向の講義になるのではと危惧していました。相互のコミュニケーションであるとか自由に発言するといったことは難しいのではないかと感じていたからです。ところが実際にやってみると、結構、自由に発言する。「オンラインでもできるんだな」というのが、率直な印象でした。

脇田:うまくいった要因は何だと思いますか。

佐川:一つはやはり、MSCさんのファシリテーションやテクニカルサポートの体制が優れていたことでしょうか。他の階層別研修と比較しても、多分一番スムーズだったように思います。ノウハウのなかった我々に対し、操作説明やワークの指示の仕方、チャットの投げかけ方などひとつひとつ一緒に試行錯誤いただき、決めていきました。そこから学んだノウハウが、その後のバーチャルクラスルームの安定稼働や質の高い相互コミュニケーションに活かされていると感じています。また、「Ready to Lead」の対象は30代~40代前半で、管理者の中でも比較的若く、デジタルネイティブとまではいきませんが、オンライン上のコミュニケーションに対してハードルが高くなかったということも一因ではないかと分析しています。

脇田:PCなどのデバイスの状況は様々だったのではないですか。

佐川:はい。そこが一番苦労しましたし、実は、今でも結構苦労しています。まず、日立グループ内ではZOOMの使用が認められていません。一方で、御社を含むほとんどの研修業者さんや、またグローバルに見てもZOOMがスタンダードですが、御社にお願いし、社内で認められているCiscoのWebEXで実施しました。また、受講者の所属部署ごとにPCなどのIT環境が異なるため、事前に全員の接続確認をした上で実施したにもかかわらず、当日接続が落ちてしまうこともありました。当初は我々もノウハウがなく、本当に苦労しました。

脇田:システムから落ちてしまう人が出るのを100%防ぐのは難しいですが、そうしたトラブルにはどのように対処されましたか。

佐川:電話会議システムや、日立グループの従業員が一番慣れているSkype(Microsoft Teams)でバックアップしています。また問題の生じやすい機器の傾向を把握し、代替手段を確保するようにしています。

脇田:御社のテクニカルサポートの皆さんにもご協力いただきましたね。

佐川:はい。研修開発、運営部隊だけでなくIT部隊も協力して、機器やネットワークの問題に対処しており、「落ちた場合どのように復帰するか」「復帰できない場合どうするのか」といったノウハウを共有、蓄積しています。

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集合研修さながらの研修効果や受講者の理解度

脇田:実施に当たって、社内の説得は必要でしたか。

佐川:当初はやはり、派遣元の人事・教育担当者や受講者自身、更にその上長からも「バーチャルクラスで本当に同じ効果が得られるのか?」という疑問の声も聞こえていました。

脇田:オンラインに切り替えるとなったとき、多くの方が不安を感じる点だと思います。

佐川:ただ、実施してみると、研修の効果や受講者の理解度は、驚くことに集合研修とあまり変わりませんでした。テーマそのものの理解度などはむしろ向上した回次もあるくらいです。
また、バーチャルクラス化したことで移動をしなくてよくなったため、研修施設のある東京から離れた事業所や海外の従業員、国内でも、子育てや介護などの事情で研修所に行けないという方も参加しやすくなるなど、ダイバーシティ&インクルージョンの観点でもメリットは大きいと考えます。受講者の反応としては、「集中できる」という意見をよく聞きます。それと、集合型の研修では声の大きい人がたくさん発言してしまう傾向がどうしてもありますが、「バーチャルクラスの方がチャットなどを使って発言しやすい」という感想も見られ、平均的な参画意識は高まっていると感じています。

脇田:参画意識が高まったのはなぜでしょうか。

佐川:全員の意見がその場で反映される点がよいのだと思います。ITの強みですね。
カメラや音声をミュートにしてしまえば研修中に違うことができてしまうというリスクはありますが、インストラクタが質問を投げかけたりテキストを読ませるなどして、集中力を保つようにうまく対応していただきました。

脇田:1日当たりの研修時間の長さはいかがですか。対面集合研修での「Ready to Lead」でも、長いと指摘する方はいらっしゃいますが。

佐川:私も最初は、長すぎると思っていました。ただ、開発担当の部長や課長、主任は今のところ大きな問題はないと言っています。参加者からも長く感じるという声は現時点であまり聞こえてきていません。
少し迷っているのは、参加人数です。今は1クラス20人以下に抑えるようにしていて、平均15人くらいで実施しています。参加人数が多いと、ファシリテーションの難易度が上がることももちろんありますが、システムトラブルが起きたときの対応が追いつきません。十数人程度であれば、相互コミュニケーションも取りやすい。もちろん採算的な面も考える必要がありますので、何人くらいが妥当か見極めが必要と感じています。

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受講者同士の相互コミュニケーションの補完策を検討

脇田:他にオンラインで研修をするうえで課題はありますか。

佐川:受講生のアンケートで「相互の関係を築きにくかった」とか、「お互いの切磋琢磨の機会がほしかった」といった意見があるのも事実です。

脇田:それを改善していくためにどんなことをお考えですか。

佐川:現時点では集合型で行っていた研修カリキュラムをそのままバーチャルクラスにしていますので、今後、あるべき姿を決めて徐々に移行していく方針です。具体的に言うと、事前にそれぞれが一人でできることを集まっている時間を使ってやるのはもったいないので、現状のカリキュラムの要素を分解し、同じ時間にグループでやることだけに特化することで、拘束時間を短くしていきたいと考えています。10月に開始したグローバル版に近いものになると思います。
一方で、アンケート等の結果で指摘された相互の人間関係を築くといったことについては、当初から部下の提案で一部のコースで既に実施しているオンライン飲み会や、研修の内容とは関係ない雑談タイムを意図的に設けることなども検討しています。

 

リモート環境でのマネジメント力を強化していく

脇田:ところで、「Ready to Lead」の後に「Leading virtually(リモート環境下のチームを率いる)」というオンライン教育ツールを開発されましたが、開発しようと考えられた経緯を伺えますか。

佐川:いろいろな要因があります。一つは、日立の経営層の日本の管理者のマネジメントに対する課題意識です。特に非日本人の幹部から、「日本人のマネジメントの阿吽の呼吸、ハイコンテクストなコミュニケーションでは、今の状況が何ヵ月も続くともたない」という指摘がありました。いつも隣にいた部下が突然目の前にいなくなり、進捗把握の仕方がわからなくなったり、従業員側でも慣れないリモート環境に突然なってしまったことで、孤立感からメンタルヘルスの問題が起きてしまったりする恐れがあります。実際、私自身も4月からオンライン会議の機会が急激に増えましたが、正直、自分で効率的に進められているか自信がもてないこともあります。そうしたリモート会議の進め方も含めたバーチャル環境下での日常マネジメントに必要な様々なスキルや知識について学ぶ1.5時間ほどのマイクロラーニング教材を、こちらも御社のご協力により、日立の管理者が陥りやすいオリジナル事例も含める形で開発しました。

脇田:何を優先して開発を進められたのですか。

佐川:こちらも「Ready to Lead」と同じようにやはりスピードです。年内には受講完了をめざしたいと考えました。当初、私は、バーチャルでも皆で同じ時間を共有し、インストラクタによるコースを想定していましたが、ご承知の通り日立グループは規模がとにかく大きい。一気に何千人、関連会社も入れると万単位の管理者に実施するには、インストラクタの数も足りないし、社内で育成するには時間がかかります。それはとても無理なので、動画配信プラス個人ワークにしました。

脇田:効果の検証の仕方は「Ready to Lead」とはまた別のやり方になるかと思いますが、いかがですか。

佐川:それはこれから考えないといけないですね。定着しているか心配な面がありますので、例えばフォローメールの自動配信なども検討しているところです。

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学び方も学ぶ内容も変わる

脇田:今後はどういう能力開発の環境をつくっていかれるご予定ですか。

佐川:先ほども言いましたが、COVID-19の状況が落ち着いたとしても、社会や職場の環境はもう元には戻らないというのが我々の認識です。ただ、集合型を全てなくすことはできませんので、その比率をどうするかは重要な課題と捉えています。まだ答えは出ていません。
我々日立アカデミーのアセットは、当然ながら集合型研修を前提にしており、少なくともそのあり方には何らかの対応が必要です。メンバーの能力についても、これまでとは違うスキルが求められます。
それと、数年来言われていることですが、クラスルームの中だけに収まらない、日常の仕事の場での学びの作りこみ、ラーニング・エコシステム的な発想も求められると思います。今回の「Leading virtually」のようなマイクロラーニング化により、いつでもどこでも学べるようにといったニーズは当然のことになってくると思います。

脇田:学び方が変わっていくのは間違いないですね。

佐川:はい。また、仕事環境の変化に合わせた働き方やマネジメントの変化も急速です。「Leading virtually」のテーマである「見えない相手に対してどうコミュニケーションを取るか、どう目的を共有するか」といったことがより重要になります。そのためにこれからのリーダーに特に求められるのは、共感力や、ビジョンを示してそれが的確に伝わっているかを確認しながら、今我々が進めようとしている「ジョブ型への転換」にも関連しますが、細かいマネジメントと遠くの目標を見せることを両立させることが重要になってくると考えます。
また、日立グループは「ソーシャル・イノベーション」を標榜し、社会との関係の中で新しい価値を創造していこうとしています。その意味でも、この新しい環境下での価値創造に向け、まず日立の管理職のマネジメントを変えていく必要があると考えています。

開拓者精神を発揮し、とにかくやってみる!

脇田:私どもも春先からずっと試行錯誤してきましたが、いろいろなお客様がいらっしゃる中、日立様はいち早く変革を始められていました。こうした大きな変化について来られる人とそうでない人がいらっしゃいますが、大事なポイントは何でしょうか。

佐川:とにかくやってみることですかね。日立創業の精神の一つでもある「開拓者精神」でしょうか? 最近の言葉でいうと「アジャイル開発」のように、実装とテストを繰り返しながら進めていくことがますます求められると考えます。ただ、先ほど申し上げたマネジメントの変化といっても、別に全く新しいことを求められているわけではなく、今まで言われてきたことの中の優先順位が変わっただけともいえます。「共感力」も「アジャイル」も、COVID-19の前から言われていたことです。その意味をきちんと理解したうえで、とにかく大事だと思うことをやってみることが大切なのではないでしょうか。

脇田:「Ready to Lead」を実施するまでは、御社でも不安が多かったわけですよね。

佐川:そうです。「オンラインにすると集中力がもたないのではないか」「効果が上がらないのではないか」と思っている「見たことのない人」に対して、「こんなことができます」と、生き生きと伝えられるシミュレーション力やイメージ力を磨くことも重要だろうと思います。想像できるように伝えられれば、「やってみるか!」となるはずです。

脇田:改めて、御社は変化を素早く捉えて素晴らしい意思決定をされたと感じます。我々も努力してお応えしてきたつもりですが、この先、私たちMSC、DDIにどのようなことをご期待いただけますか。

佐川:グローバルに進んだやり方をどんどん我々に教えてほしいですね。私は海外の教育機関とも付き合いがありますが、世界はさらに違う世界に行っていると感じます。DDIとつながりの深い御社には、そういうことをどんどん教えていただきたい。
そのうえで、矛盾するようですが、今回の「Leading virtually」のように、それを日本のテイストに合わせられるのがMSCさんだと思っています。日本と世界の両方のことがわかっていらっしゃるので、そのサポートをしていただけるとありがたいです。無理難題を申し上げることもあると思いますが、あるべきものはこうだと示していただき、その中で一緒にいいものをつくっていければと思います。

脇田:私どもも勉強しながら、ご期待にそえるよう取り組んでまいります。貴重なお話をありがとうございました。

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対談者プロフィール

株式会社日立アカデミー 経営研修本部担当本部長
佐川 典幸氏
1990年(株)日立製作所入社。2003年より4年間(株)日立総合経営研修所(現日立アカデミー)でリーダーシップ・ディベロップメント・プログラム開発及びインストラクタを担当後、日立製作所本社教育企画部でグローバル共通育成基盤・企業の存在意義共有施策に携わる。その後、複数ビジネスユニット人事勤労部門で事業再編、PMIを担当。2019年より現職。趣味は家庭菜園とアマチュアオーケストラ活動。

 

株式会社 マネジメント サービス センター 取締役
脇田 幸子
広告代理店に勤務後現職。HRコンサルタントとして、ビジネス戦略を実現するための人材像の特定、採用、アセスメント、能力開発まで、一貫したコンサルテーションを提供。DDIラーニング・システム認定マスタートレーナーとしてファシリテーターの養成も行っている。コンサルタント、グローバルサービス、プロダクトサービス部門の総責任者として、リーダーシップ開発のサービス提供を総合的にマネジメントする。

 

会社名
株式会社日立アカデミー
設立
2019年4月1日
資本金
1億円
従業員数
410名(2020年4月現在)
事業内容
人財育成コンサルティング、研修、研修運営サービス