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青山学院大学 経営学部 経営学科 教授 松尾 睦氏

経験学習の視点から見た人材育成、サクセッションのポイント

 

青山学院大学 経営学部 経営学科 教授 松尾 睦氏

  


近年、多くの企業が取り組む経営・プロフェッショナルリーダーの輩出に向けたサクセッションマネジメント(後継者育成)において、候補者人材の特定と共に組織や個人の成長に向けた経験や学びのあり方の設計が求められている。「経験学習」研究の第一人者であり、リフレクション、アンラーニングなどの分野で数多くの著作を持つ青山学院大学 経営学部 経営学科教授の松尾 睦氏に、弊社代表取締役社長の脇田 幸子が伺った。(以下敬称略)


 

  

ミドル・マネジャーのアンラーニングに注目

脇田:私は2025年に弊社の代表に就任しましたが、それまで27年にわたりコンサルタントとして活動していました。そのなかで、先生の著書からたくさん学ばせていただきましたので、今日はお話を伺えることを本当に楽しみにしてまいりました。早速ですが、まずは先生が最近特に注目されている研究テーマについて教えてください。

松尾:最近は、ミドル・マネジャーのアンラーニングを研究しています。アンラーニングとは、知識やスキルを組み替えてアップデートする学習を指します。このアンラーニングは誰にとっても必要なものですが、特に管理職になるタイミングは、一番初めの関門というか、大きくアンラーニングするポイントだと思います。

大手自動車部品メーカーで10年ほど課長昇格研修の一部を担当していますが、そこで調べたところ、課長を目指す人には、二つのタイプが多いことがわかりました。一つは、細部まで把握していないと気が済まず、部下を過度に管理してしまう「マイクロマネジメント型」です。もう一つは、「任せなければならない」という思いが強すぎるあまり、十分なフォローを行わない「放任型」です。前者は部下が受け身になって育ちませんし、後者は部下の力量次第になってしまいます。こうした管理スタイルから脱却して、「部下に権限を委譲しながら成長を支援し、成果につなげるエンパワリング・リーダーシップ」へ転換することが、管理職に求められるアンラーニングなのです。

エンパワリング・リーダーシップへとスタイルを変えていくうえで、何に困るかというと、部下の能力や意識に差があり、同じようには任せられないという問題です。つまり、指導と任せるバランスに悩む人が多いんです。

エンパワリング・リーダーシップを発揮している人たちに、どのように部下の自律性を高めているのか尋ねると、皆、口を揃えて、「小さい成功体験を積み重ねることを支援する」と言います。はじめはマイクロマネジメント的にティーチングやコーチングをしていますが、成功体験を積み重ねながら、徐々に自律させていくのです。

成長したいという「学習志向」がアンラーニングを促進

脇田:マネジャーが今までのスタイルを見直し、変化していくのは、何がきっかけなのでしょうか。

松尾:今までのやり方ではうまくいかずに結果が出ないということがシンプルな理由です。エンパワリング・リーダーシップを実践している人たちも、大抵、指示型から入っているんです。しかし、部下の行動を細かく管理していると、メンバーのモチベーションは低下しますし、自分ですべてを抱え込んではマネジメントとして機能しません。そこで壁にぶつかり、何が悪いかを考えたり、ロールモデルから学んだりしながら、アンラーニングを進めていくのです。

脇田:うまくいかなくて相談したとき、本当に気付くべきことに気付けるような関わりをしてくれる人と、ただ共感したり同調したりするだけの人がいますよね。

松尾:やはり、よいロールモデルに出会わないと、アンラーニングにつながりにくいですね。同じ悩みを共有するだけで終わり、部下のせいにしていては成長しません。その違いを生むのが、「学習志向」です。学習志向というのは成長したいという思い、つまり「自分の能力を向上させ、新しい知識やスキルを習得することを重視する姿勢です。こうした志向性を持つマネジャーは、今までの管理の仕方ではうまくいかないとき、新しいやり方を模索するためにアンラーニングします。

学習志向が強い人というのは、愛があると思うんです。自分が学ぶだけでなく、部下にも成長してほしいと思う。そういうマインドセットがあるからこそ、他者から学び、自らも成長し続けることができるのだと思います。そうしたマネジャーをロールモデルとして、エンパワリング・リーダーシップを学んでいく必要があるでしょうね。

脇田:当社は今、サクセッション・マネジメントの支援に力を入れています。経営幹部候補の育成のご支援が多いですが、最近は、若い世代から将来のリーダーを早期に発掘し、育成していくかという点も注目されています。次世代リーダーのプールをつくるうえでは、ハイパフォーマーであるだけでなく、人の成長を支援し、部下の成功を後押しできなければ、経営幹部として土台は築けないということですね。

松尾:職位が上がるほど直接的なマネジメントから間接的なマネジメントへと比重が移っていきますので、自分一人の力で成果を出すことはできません。レベルの高いマネジメントをするほど、任せて成果を上げるエンパワリング・リーダーシップが求められるのです。

目標共有は、難しいけれど大事

脇田:経営幹部になっていくうえでは、どのような経験が必要でしょうか。

松尾:アメリカの経営学者、チェスター・バーナードは、共通の目標に向かってメンバーが「貢献したい」という気持ちになるよう動機付け、コミュニケーションを取りながら協働することがマネジメントの基本だと述べています。シンプルですが、そこにマネジメントの本質があると思っています。

私の著書『成長する管理職』*1では、マネジメントは「情報分析力」によって現状を把握し、「目標共有力」で目標を浸透させ、「事業実行力」で価値を生み出していくと説明しています。目標を浸透させて、それに向かって皆を動機付け、成果を共有していく経験は、若いうちからでも積むことができます。ただ、この目標共有が難しいのです。

脇田:難しいですね。自分の会社のマネジメントでも難しいと感じます。

松尾:私は理念浸透の研究もしていますが、理念というのは、理解しているようで実は曖昧になりがちなものです。しかし、調査をしてみると、課長クラスでも、エンパワリング・リーダーシップを発揮している人は日頃から「私たちの組織は何を大切にしているのか」、「どこを目指しているのか」といった対話を繰り返しています。そうしたコミュニケーションを通じて理念やビジョンを浸透させ、メンバーの意欲を組織の方向へと向けているのです。

脇田:そのときに、特にキャリアが浅いと、「上がしっかり目標を共有してくれないから、やりづらい」という声が出てくることがあります。どうすれば、自律的に状況に向き合い能力開発の機会とすることへとつながるのでしょうか。

松尾:優れた人というのは、上司や上層部に対しても主体的に働きかけます。「こういう形で進めたいのですが、いいですか」と提案したり、「この部署のこの人と話したいので、つなげてもらえますか」などと協力を求めたりします。

同時に、部下の声にも耳を傾けながら目標を共有し、「この仕事にはどんな意味があるのか」、「将来どんなキャリアを目指したいのか」と対話を重ねていく。そうした働きかけによってメンバーのモチベーションを高め、周囲を巻き込んでいくのです。

もちろん経験や役職によってできることの範囲は異なりますが、そのような姿勢を持つ人は若手の中にも少なくありません。

私が関わったことのあるビル管理会社は、大手不動産会社の関連会社ですが、課長の多くが30代です。その人たちと話していると、若い世代ならではの柔軟性や行動力、エネルギーを強く感じます。関連会社だからやりやすい面はあると思いますが、マネジャーの育成・登用は、できるだけ早い段階で行ったほうがよいと思いました。一方、多くの大手企業は、マネジャーになるのが40代で、早期育成が課題になっています。

脇田:日本の製造業は昇進のスピードが比較的ゆるやかですし、CEOになるのも、60歳を超えてからというケースもよくあります。早く経験させることの価値は、気力や体力のほかにもありますか。

松尾:「できるのであれば、早くていい」という認識です。マネジメント経験を早い段階で積めば、中堅になったときにより大きなことができるようになります。

ただ、成長につながる経験は必要ですが、本人の準備度を無視して大きな責任だけを与えればよいわけではありません。私は以前、プロジェクトマネジャーの経験学習を研究したことがあります。プロジェクトマネジャーが、いきなり大きなプロジェクトを任せられて失敗してしまうと会社だけでなく本人にも痛手になります。プロジェクトマネジメントは、規模によって求められるスキルが大きく異なるため、徐々に管理するプロジェクトを大きくしながらマネジャーを育てるそうです。まずは30人程度のプロジェクトのサブリーダーから始め、次にリーダーを務める。その後、50~100人規模のサブリーダー、リーダーへと、段階を踏んで経験させていきます。必要なマネジメントスキルを着実に身に付けさせながら、大きな責任を担わせるというアプローチです。このように、少しずつ管理の幅を広げて、マネジメント力を身に付けさせることが大事だと思います。ただ、少人数チームで動くコンサルタントの場合は、失敗してもその影響が比較的限定的なため、あえて崖から突き落とすような育て方をすることもあります(笑)。

脇田:仕事の性質次第では、あえてハードな選択をするということですね(笑)。

守りの仕事でも、変革の経験を積むことは可能

脇田:マネジメント経験を早い段階で積むことの重要性は理解できますが、問題は中身です。日本企業に限ったことではないと思いますが、いわゆる守りのマネジメントがかなりのボリュームで必要になり、守りのマネジメントには強くなるけれど、今求められているイノベーション人材や変革人材に必要な経験が積みづらい面はありませんか。

松尾:守りの中でも、変えなければならない部分はあります。変革の質は違うかもしれませんが、変革のプロセス自体は大きくは変わりません。だからこそ、変えていく経験を積み続けることが大切だと思います。

脇田:むしろ既存の仕組みや慣習を変えていくほうが、新しいものをゼロからつくるより難しいこともありますね。

松尾:はい。ある会社のCHROから、「人事には1階と2階がある」という話を聞いたことがあります。1階は、給与計算や評価制度の運用など、定型型でありながら、人事の基盤となる重要な仕事です。一方で、2階は組織改革や人材戦略の推進など、より戦略的な役割も担います。その方は、「1階と2階では求められる役割が異なるため、担う人材も分ける必要がある」と話していました。 ただ、インフラを支える業務も変革が必要ですから、そうした経験を積ませるべきです。また、1階と2階を行き来する経験をしたほうがいい。ずっと1階にいるとどうしても守りのマインドセットが強くなります。だからこそ、たとえ中心メンバーでなくても戦略的な変革のプロセスを間近で経験させて、観察させるだけでも大きな意味があります。これは人事に限らず、多くの職種や部署に当てはまるのではないでしょうか。

経験からの学びに再現性を持たせるには、「俯瞰力」が必要

脇田:そういう景色を見せるのは大事ですね。例えばマルチセクターでいろいろな立場の人とやり取りすることや、大手企業から関係会社への出向経験が刺激になると言われますが、先生はどうお考えですか。

松尾:有効だと思います。経験学習では、「発達的挑戦がリーダーをつくる」と言われていて、マネジャーは、「連携」、「変革」、「育成」の経験を積むことで、先ほど挙げた「情報分析」、「目標共有」、「事業実行」の力が身に付きます。脇田さんがおっしゃった例は、多様な部署と連携しながら変革を経験できますし、メンバーを育てながら成果を上げていくエンパワリング・リーダーシップも発揮できます。大事なのは、役職や異動そのものではなく、その経験の中にどのような学習要素が含まれているかということです。

注意して欲しいのは、ベンチャー企業で変革を経験したとしても、その成功パターンが大企業でそのまま通用するとは限りません。ですから、良い経験だとは思いますが、変革するということの本質を理解していないと応用が利きません。

今、成功のリフレクションについて研究していますが、成功経験から学び、再現性を持たせるには、成功した要因を一般化・理論化する必要があります。ある経験で得たものをそのまま応用しようとする人がいますが、それではうまくいきません。例えば「あのときは、人を巻き込んだからうまくいったのかな。でも、組織の形態によって巻き込み方は違うから、この組織ではどうやればいいだろう」などと俯瞰して考え、アンラーニングを含めて、経験の蓄積・連鎖をつくっていくことが大事です。

脇田:そうすると、送り出す側も、その経験が次にどう活かせるかを考えて意図的に送り出す必要がありますし、送り出される側も、表面的な経験に刺激を受けるだけではなく、内省して学びを言語化していかないといけませんね。

松尾:要は、高い視点からものごとをとらえる「俯瞰力」、「メタ認知」なんです。アメリカでMBAを取得して帰国しても、その学びを実務に活かせない人がいるのは、知識が不足しているからではなく、自分の経験や学びを俯瞰し、本質を抽出できていないからです。うまくいったことを別のことに応用するには、その背後にある原理やエッセンスを理解し、状況の違いに応じて柔軟に方法を変える必要があります。

脇田:部長クラスの方などにコーチングをすると、自分の勝ちパターンに頼りすぎている傾向のある方がいて、別の選択肢を検討してもらうのが案外難しいんです。

松尾:難しいですよね。最近、再度、経験から学ぶ力の調査を行ったのですが、経験から学んで成長し、パフォーマンスを上げている人たちには共通点がありました。それは、柔軟だということです。

彼らは経験から教訓を抽出しますが、その教訓に固執しません。自分なりの成功法則を持ちながらも、「状況が変わればやり方も変えるべきだ」と考えています。

アンラーニングの観点で言えば、常に新しい学びを受け入れられる「準備状態」ができているのです。

もう一つ特徴的だったのは、他者から積極的に学んでいるということです。経験学習では感情をコントロールすることも重要ですが、彼らは悩みや葛藤を一人で抱え込まず、他者との対話を通じて整理しています。そして冷静に自分自身を振り返り、必要に応じて考え方を修正していくのです。そういう人は、自分と異なる価値観を持つ人などをロールモデルにして、新しいアンラーニングにつなげています。

脇田:一人のロールモデルではなく、いろいろな人から学ぶのですか。

松尾:インタビューではその傾向がみられました。大事なのは、自分に合うかどうかです。自分に合わないと、吸収できませんから。

この後、以下のような対話が続きます。

  • シニアマネジャーに求められるのは哲学と信念
  • 組織として、自分の強みに気づかせるサポートを
  • 危機感がアンラーニングを促進する
  • マネジャー同士のコミュニティを設け、孤立させない

対話の続きは、PDFでご覧ください。

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対談者プロフィール

青山学院大学 経営学部 経営学科
教授
松尾 睦氏
1988年小樽商科大学 商学部卒業。1992年北海道大学大学院 文学研究科(行動科学専攻)修士課程修了。1999年東京工業大学大学院 社会理工学研究科(人間行動システム専攻)博士課程修了。博士(学術)。2004年英国ランカスター大学にてPh.D. (Management Learning)取得。神戸大学大学院 経営学研究科教授、北海道大学大学院 経済学研究院教授などを経て2023年4月より現職。『部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ』(ダイヤモンド社)など、著書多数。

株式会社マネジメントサービスセンター
代表取締役社長
脇田 幸子
広告代理店勤務を経て、マネジメントサービスセンター(MSC)入社。HRコンサルタントとして27年のキャリアを積む。2025年代表取締役社長に就任し、顧客の重要ポジションにおけるサクセッションマネジメントコンサルティングと運用支援を推進している。専門は、上級マネジメント・経営層を対象としたアセスメントと能力開発支援。DDIラーニング・システム認定マスタートレーナーとして、リーダーシップ開発を担うファシリテータの養成にも力を注いでいる。

■脚注・関連リンク
*1…松尾 睦(2013) 『成長する管理職~優れたマネジャーはいかに経験から学んでいるのか~』 東洋経済新報社
*2…上田 和夫(1986) 『ユダヤ人』 講談社現代新書
*3…ラム・チャラン (2009) 『CEOを育てる』 ダイヤモンド社
*4…CCLフレームワーク
*5…ヤフー(現LINEヤフー)社における人材開発会議