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一般財団法人中部生産性本部 様

大事なのは「人への投資」、多様な価値観に触れさせて人間力を高める

 


一般財団法人中部生産性本部 会長

小倉 忠 氏

  


劇的な環境変化により、あらゆる業界においてビジネスモデルや働き方の抜本的な革新の必要性に迫られるなか、新たな未来に向けて成長し続けるための経営人材を持続的に輩出していくには何が必要だろうか。中部地域の経済の発展に資する活動を積極的に展開する一般財団法人中部生産性本部では、早くから地域一丸となって、次世代を担う経営人材の育成に注力してきた。同財団会長の小倉忠様に、弊社コンサルタント統括本部 理事の三村修司が、同財団の取り組みと人材育成の考え方について伺った。(文中敬称略)


 

  

日本の生産性向上のカギは「人への投資」

三村:本日は、中部生産性本部が力を入れて取り組まれている人材育成策のねらいや、会長ご自身の人材育成に対するお考えなどについて伺っていきたいと思います。

まずは、近年社会環境が大きく変化するなか、産業界に対して中部生産性本部が果たすべき役割についてどのようにお考えか、教えていただけますか。

小倉:「失われた30年」と言われるように、日本経済はこの30年間、ほとんど成長していません。これはやはり、生産性が上がっていないことが大きな原因です。いかにして生産性を高めていくかということが、これからの日本にとって大きな課題です。

日本生産性本部も中部生産性本部も、生産性向上によって人々の生活を豊かにしていく運動を活動の主体にしていますので、これはまさしく生産性本部が取り組むべき課題です。

三村:なるほど。かつては技術大国とうたわれた日本も、労働人口の減少に加え、産業構造の変化、DXの立ち遅れなど、グローバルな観点で課題が浮き彫りになってきています。では、どうすれば日本の生産性を高めることができるとお考えですか。

小倉:これまで生産性が上がらなかったのは、労働者の給与が上がっていないからです。給与が上がらないと付加価値は大きくなりませんから、なかなか生産性は上がりません。

これは鶏が先か卵が先かという話になりますが、給料を上げるためには収益を出さなければいけませんよね。収益を出すには、付加価値の高い事業なり製品なりを目指す必要があります。そこでは、当然、改善による積み重ねも大事ですが、飛躍的に高めるには、今までにない発想でイノベーションを起こすことが求められます。では、そういうイノベーションを起こすのはだれかというと、それはやはり企業であり、当然、それを実行するのは人であるわけです。

労働者の給与が上がらないというのは、企業が人に投資していないということです。「人への投資」が、生産性を上げるうえで非常に重要なテーマだと認識しています。

三村:先ほどお話があった「失われた30年」が経過する一方で、国内外のビジネス環境は大きく変化してきました。製造業を中心とした多くの経営者の方からは、「これからの時代は『改善』では間に合わない。イノベーションが不可欠である」とお聞きします。そのイノベーションの担い手となるのは人材です。これまでの価値観にとらわれない新たな発想を持った人材の育成が重要です。だからこそ私も「人への投資」が重要であると考えます。

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日本に決定的に欠けているのは、ダイバーシティ&インクルージョン

小倉:人材に関して、日本が決定的にやらなかったことが一つあります。それがダイバーシティ&インクルージョンです。近年、ダイバーシティの重要性が叫ばれていますけれども、本当に国籍や性別にかかわらず幅広く人材を登用しているのか、ということです。「うちの会社はやっている」と言われるかもしれませんが、たいていは会社の事業を変えるほどのドラスティックなことはしていません。

IT関連などは新興ということもあり、そういうことをしている企業もあります。逆に言うと、そうしているから成長のスピードも速いのです。典型的なのが、アメリカのスタートアップ企業です。あっという間に大きくなりますよね。それらの企業を見ると、皆、多国籍なんです。

三村:これまで多くの企業では、人材育成が新卒採用から育成・配置・昇格と密接につながっていました。これからは、人の採用や活用、そして育成の仕方も、欧米のようにもっとダイナミックにやるべきかもしれませんね。特に、企業活動を活性化させるためには、女性活躍の推進のみならず、多様なスキルを持った人材の活用を促進させていくべきでしょう。

小倉:中部生産性本部では、5年前、私が団長となって北欧に視察団を派遣しました。フィンランドやノルウェーの名だたる企業を訪問しましたが、幹部の半数は女性でした。そこで女性活躍はどうやっているかと尋ねたら、きょとんとされてしまいました。女性活躍など意識していないんです。そうならないとダメだなと感じました。女性が生き生きと働いていて、非常に豊かですよね。日本が「失われた30年」から抜け出せない理由が分かった気がします。

ただ、これをやれば絶対によくなるという課題は見えていますし、そんなに難しいことではないはずです。そういう意味では、日本にもチャンスがあります。

 

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経営層から実務者まで、幅広い対象に多彩な育成の場を提供

三村:企業が考える「人への投資」に関して、中部生産性本部では、どのようなサポートや取り組みをされていますか。

小倉:イノベーションを起こすような人材の育成や仕組みづくりを会員企業の皆様に提供するのが役割だと考えています。当本部には13の研究部会があり、人事、労使、法務、広報、経営など幅広い部門を対象とした事業を展開しています。

特徴的な取り組みが、毎年開いている大会やセミナーです。大きなものとして、中部財界セミナー、西日本生産性会議、労組生産性大会、人と企業の活力化フォーラム、中部経営革新フォーラムの五つがあります。

例えば、中部財界セミナーでは、革新的な経営や事業をされているオピニオンリーダーをお招きし、日本が今抱えている問題への対応などについて講演をしていただきます。そして、中部地域の経営層の人たちが一堂に会し、例えばSDGsなどテーマ別の分科会に分かれ、的を絞ってそれぞれの問題解決に向けてヒントを得てもらいます。また、交流の場という目的もあり、お互いの見識を深め、ネットワークをつくるのにも活用してもらっています。

西日本生産性会議というのは、西日本の五つの生産性本部(中部、関西、中国、四国、九州)が毎年持ち回りで開催し、日本を代表する経営者からの基調講演や、労・使・学識者によるパネルディスカッション、また、地域のきらりと光るスタートアップ企業や中堅中小企業のトップを招いて討議するのも特徴です。

これらの大会・セミナーは、それぞれ対象が違いまして、例えば、中部財界セミナーは企業経営者、経営者候補、上級管理職を、西日本生産性会議は企業経営者と実務者の両方を対象としています。

三村:貴本部では経営トップの方に対してだけでなく、経営者から現場の実務者レベルの方まで幅広く支援されているのですね。

小倉:はい。それと、大学の先生などの学識経験者が入っていることが特徴です。DXなど画期的な研究をされている方に講演をしていただいたり、パネルディスカッションのコーディネートをしていただいたりして、労・使・学が一緒になって活動しています。

三村:労・使・学がそろっていることは特長と言えますよね。幅広い業界との接点を持ち、企業で働く方(経営者・管理者を中心)に対して異質な価値観や考え方に触れる機会を提供されているところに、中部生産性本部の社会的な役割や存在意義があるのではないでしょうか。

 

 

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中堅中小企業の経営人材候補を対象に、「次世代経営革新塾」を開催

三村:私もお手伝いさせていただいている「次世代経営革新塾」も、開始から10年になりますね。毎年多くの方に参加いただいています。経営者または経営者予備群に向けた経営スキルの研修会ですが、この塾を創設されたねらいについてお聞かせください。

小倉:そうですね。次世代経営革新塾は、より実務に近い形でイノベーションによる新事業創出や自律型経営への脱皮を目指す中堅中小企業をサポートするため、2012年にスタートしました。企業成長の要である経営者の資質向上に向け、自社を客観的に見つめ、外部環境、マーケットを適切に読み解き、果断に経営の舵をとることができる経営者としての総合能力を磨いていただきます。

三村:参加者の方を大きく分類すると、創業社長の血縁の方、大手企業の経営幹部候補の方、子会社系の経営者の方となります。いずれの方にとっても気づきが多い機会であると同時に、よい意見交換の場であると思います。経営者というのは、相談相手がなかなかいないものですよね。また、参加者からは「このような情報収集や学ぶ場が欲しかった」という感想をよく耳にします。

小倉:次世代経営革新塾はまさにそういう人たちに向けて実施しています。系統立てて経営の手法を学ぶことは一つの武器になります。そして、もう一つの大きな目的が異業種交流です。メーカーの方もいればメーカー以外の方もいる。年齢の若い方もいれば、定年が近い方もいる。女性は今年1人だけですが、これがもう少し増えるともっと面白くなると思います。

三村:まさに、先ほど会長がおっしゃったダイバーシティですね。

「次世代経営革新塾」のように異業種交流で面白いのが、同じテーマでディスカッションをしても人によって考え方が違うことです。特に、マーケティングや人材育成のテーマについては、企業規模や業界によって固有の価値観があり、参加者の皆様には新鮮に受け止めていただいています。皆様にとっては人脈を構築する場であることに加え、違った価値観に触れていただくのは非常に大きいと思います。また、一流企業の経営者と語り合う場として車座トークの場も貴重な体験と言えますよね。

小倉:そうですね。コロナ禍になってからできていませんが、懇親会もよい経験になると思います。

三村:昨年度参加された皆様もよい人脈を構築され、講座が終わった後もつながりを持っていらっしゃいます。

 

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「人間力」を高めるには幅広い学びが必要

三村:人材への投資としては、最近は「リカレント教育」や「リスキリング」とよく言われるようになりました。中部生産性本部でも力を入れていらっしゃいますね。

一般的には「リスキリング」を職種または担当を変更するための職業再訓練ととらえている方も多いと思いますが、私は少し違う考えを持っています。「リスキリング」は、決してITスキルの習得のような単なる職業訓練ではなく、視野を広げ、意識を改革することで、ご自分の中に眠っている能力や才覚を再発見していただくことだと思っています。これまで活躍してきた人材が、新たな環境でも活躍できる人材に目覚めること。私は、組織における人材育成の神髄はこの点にあると考えています。

小倉:おっしゃるとおりです。今あるスキルを今までと違った視点でとらえ、視野を広げることによって活かす――ある意味、改善ですよね。

今、大学の教養学部が見直されていますね。我々の時代は、必ず2年間、教養科目や一般教養課程というものがありました。私は工学部でしたが、哲学や文学など、幅広く勉強しました。なぜそんなことをするのかというと、人間力を高めるためです。

ところが、日本は高度成長期に逆のほうに行ってしまった。追いつけ追い越せで専門性を高めるほうに走りすぎ、その結果、人間力がおろそかになってしまったのです。それが今、少し反省されつつあり、その一環としてリカレント教育やリスキリングが注目されているのだと思います。

三村:一見、仕事に関係ないと思われる学びでも、人としての幅や魅力につながっていきますよね。変化に適応していくには、受け入れる力やイノベーションを起こしていく力が肝要です。そういう力を養っていくためにも、企業は社員の後押しをしていくことも必要だと思います。

「次世代経営革新塾」では、知識の習得もしていただきますが、私が一番大事にしているのは経営者としてのマインドセットです。「経営者として、会社の継続と従業員と従業員の家族の生活を守る」というのが私のポリシーで、その意識をより高めていただくために取り組んでいます。

 

本日は、貴重なお話をいただきました。会長の対応力や人材育成の考え方が中部生産性本部の中で具現化されていると感じました。ありがとうございました。

 

   

 


対談者プロフィール

一般財団法人中部生産性本部 会長 
小倉 忠 氏
2015年6月一般財団法人中部生産性本部副会長に就任。
2018年5月会長に就任。
2018年10月一般財団法人中部生産性本部主催の欧州労使視察団の団長として、北欧を訪問し、女性の社会進出が常態化していることに日本との違いを痛感。

株式会社 マネジメント サービス センター 理事・シニアコンサルタント
三村 修司
官庁系・金融系システムでSEを経験後、1996年当社に講師として入社。執行役員・取締役を経て、現在は当社理事。多分野にわたる数多くの企業(公共機関を含む)で、経営者から管理者、若手リーダーまでの各層で人材育成や診断評価に携わる。現場の実態に合わせたカスタマイズと、実践的な能力診断や率直なフィードバックが定評。 担当クライアントは、金融・メーカー・鉄道・エネルギー・IT・マスコミ・大学・官公庁と幅広い。

財団名
一般財団法人中部生産性本部
設立
1956年4月16日
役員等構成
評議員 24名 理事 25名 監事 2名 顧問 3名 参与 1名 経営審議員73名(2022年10月17日現在)
2022年度事業活動の重点実施項目
「危機を発展へと転換させる経営のイノベーション」、「働き方改革と多様な人材の活躍できる仕組みづくり」、「サービス産業、中堅中小企業、管理間接部門等の生産性向上」、「ウィズコロナの世界経済の潮流を踏まえたグローバル活動の模索」、「労働組合の生産性向上活動の支援」、「会員と地域に支持される生産性本部」