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株式会社資生堂 様

女性活躍先進企業が目指す“しなやか”なチェンジリーダーシップ

人事副部長
芦田恵美子(あしだ えみこ)様


充実した制度の弊害を超えて

伊東:御社は、ジェンダーダイバーシティをかなり早くから進めてきた先進企業として知られていますね。

芦田:ご承知のとおり、制度面ではかなり充実しています。ビューティーコンサルタント(BC。美容部員)という女性社員が活躍する職場でもありますので、古くから女性が働き続けられる会社を目指してきました。一昨年、BCの働き方改革がマスコミ等で話題になりましたが、近年は、充実した制度が逆にキャリアに影響を与える面もありましたので、その辺りを是正してきています。ビューティの分野はお客さまの大半が女性であるために女性が男性よりも優位性を持つ分野がたくさんありますので、女性の感性としなやかさを活かすことが「世界で勝つ」イネイブラーになると考えています。そういう意味でもダイバーシティの重要度は他の企業よりも高いということができます。

伊東:「充実した制度がキャリアに影響する」というところをもう少し詳しく教えていただけますか。

芦田:制度が充実するほど、資生堂は女性にとって働きやすい会社だという認識が広まりました。一方で、当社は「世界で勝つ」ことを目指しています。実は、私たちは骨太のチャレンジし続ける人材を求めているのですが、資生堂の“やさしさ”の部分だけが独り歩きすると、安定感や守られた職場環境に魅力を感じた人が応募する傾向が強くなります。これはキャリア採用もそうですし、すでに社内にいる人材にも時折見受けられます。充実した制度をプロとして活用するというより、周囲の過度な配慮が、生産性の低下を招く場合があります。

伊東:何か対策を講じてきたのですか。

芦田:BCについては、これまで、育児中の人を必要以上におもんぱかり、土日や夕方のシフトに入れない運用が行われていました。しかし、単身者との不公平感が大きく、彼女たちのスキルアップの機会も失ってしまうことから、本人たちと話し合い、納得のうえで運用を見直しました。この対応について、一時、マスコミ等で話題になりましたが、今では、世間でもこうした対応の必要性が認識されるようになりました。総合職についてはキャリアとライフステージのバランスをまだ模索しているところです。

伊東:制度は充実させたいが、それが権利意識だけを助長させてもいけない。制度導入の本質を理解して組織として運用していくことが、難しいことであり、次の課題ですね。

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旧来型リーダーシップ像からの脱却を目指す

伊東:将来に向けてのジェンダ-ダイバーシティについてのお考えを聞かせてください。

芦田:女性管理職比率は30%を超え、ラインマネジャーも増えてきましたので、次のステージは、シニアリーダー層をどう増やしていくかだと考えています。本来なら性別は関係ないのですが、とはいえ、管理職全体では30%いる女性が、部門長・責任者になるとわずか13.7%しかいません。社長の魚谷は、「日本の大企業の中で、将来、女性社長が出るとしたら、それは資生堂であるべき」と捉えており、私たちも同じ考えです。

女性社員にアンケートをとると、「えらくなりたいとは思わない」「ロールモデルがいない」「自信がない」「ワークライフバランスが崩れる」「役員になってどんな良いことがあるのかが分からない」といった声が6割を占めます。
ここから読み取れるのは、女性自身の中にも、男性がこれまでの長き歴史の中で作り上げてきたリーダー像が根強く形成されてしまっていて、そこにとらわれてしまっていることです。そこでこの7月、社長の肝いりで社長自らが塾長に就任し、今後の経営戦略について考えていく「Next Leadership Session for Women 2017 (女性育成塾)」をスタートしました。サクセッションプランを作っても、毎回、同じ名前しか上がりませんので、今回は30代のグループマネジャーまで対象を広げました。役員の推薦によって参加者を決め、彼らに継続的に支援してもらいます。タレントレビューの中で、他の選抜型リーダーシッププログラムにもノミネートしながら、ポテンシャルを重視して幅広く人選しています。
ただし、今のポジションに満足し、“コンフォートゾーン”(居心地のよい場所)を抜けたくないという彼女たちの心のバリア(障壁)はそれほど緩くはありません。簡単に「面白そう!」とはならないでしょう。ですから今回は、まず、自己認識を高める内省に時間をかけ、そのうえで、男性が作り上げたリーダーシップ像を狙う必要はなく、自分なりのリーダーシップスタイルを築けばよいことを理解してもらうことを第一義の目的としています。そこから、経営の面白さ、シニアリーダーになることへの関心ややりがいへとマインドをシフトしていく機会にしていきます。

トップは、自分と違う観点で議論できる相手を求める

伊東:魚谷社長は、なぜ女性リーダーが必要と捉えていらっしゃるのですか、また、従来型のリーダーシップではなく、これからどのようなリーダーシップを求めていますか。

芦田:魚谷は、コカ・コーラ時代に非常に有能な女性上司と働いた経験もあり、女性に対するリスペクトが高く、「優秀な女性が大勢いるのに、なぜリーダーシップを発揮できないのか」という素朴な疑問を持っています。
また、魚谷は、自身が「こうありたい」というアスピレーションと会社を「こうしたい」というパッションを持つビジョナリーなリーダーですが、自分の考えと異なる視点を入れていかないと今の自分以上のリーダーになれないという危機意識を持っています。会社は、経営者の器以上にはなりませんから、経営者のリーダーシップは、本当に重要です。ですから、常に勉強していますし、議論できる相手を求めています。そういう意味で、女性は男性と比べてヒエラルキーをあまり意識せず、率直に意見を言える傾向がありますので、自分にないものをインプットしてくれる存在と捉えています。 

伊東:しかし、魚谷社長は、本来は女性だけではなく、全員にチェンジリーダーシップを求めていらっしゃいますよね。

芦田:はい。魚谷が常々言っているのは、「リーダーになるということは、何かを変えるということ。」今までと同じことを踏襲するなら、あなたがリーダーになった意味がない。何を変えるかを考えてほしいということです。
女性は、男性にとって、自分の思考フローに沿って考えてくれないところがありますよね。そこが重要だと思います。それが女性であり、キャリア採用であり、その先に外国人がいる。そうやって組織全体を多様化していくことで新たな価値を生み出すことを目指しています。グローバリゼーションにおいても、女性はダイバーシティの登竜門になります。

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女性の「しなやかさ」を強みに変える

伊東:女性育成塾」でポジションに就くことの面白さを伝え、何をしていきたいか考えさせるのはいいことですね。弊社のパートナー企業であるDDI社の分析から、男性と女性の間に能力の差はないが、違いがあるのは、女性は「自信」が弱い傾向があるということが明確になっています。
アメリカで「ティアラ・シンドローム」という言葉があります。それは、女性は、一生懸命頑張ってさえいれば、きっと誰かが自分のことを認めて引き上げてくれて、ティアラを付けてくれる――ということを意味しています。しかし、グローバルで活躍するためには、自ら「私は次にこういう仕事をしたい」「こういうポストに就きたい」とアピールできなければなりません。

芦田:日本では、男性がアグレッシブな提案すると「いいね」と賛同するのに、女性が同じ提案をすると引く傾向があります。そういう場面に遭遇したとき、私は、「男性の場合でも同じことを言いますか?」と質問しますが、そのような反応をしている男性は、本当に無意識なんです。この無意識による行動が作り出すカルチャーは根深いものがあります。人は、気づいていないことは変えられませんから。育成塾では、そうした点も議論したいと考えています。女性が優秀だと、疎まれるところがゼロではありません。男性を立てることも、テクニックとして必要かもしれません(笑)。

伊東:当社のファウンダー(創業者)の一人である梅島みよは、いつもそう言います。

芦田:私は、結果を出すためには、立てたほうが良い場合は立てます(笑)。ある意味のポリティックスは、自分が率直に発言できる環境をつくるためには重要ですから。

伊東:自分がやりたいことができる環境を、自らつくる「しなやかさ」は大事ですね。

芦田:相手のやり方を全否定してしまうと、抵抗感が生まれます。例えば中国人は面子を重んじるなど、各々の大切にしていることはある程度尊重しないと、ダイバーシティは進みません。

伊東:女性の強みは、そういう違いをリスペクトする力や、状況を敏感に察知して柔軟に対応できる力かもしれませんね。

女性リーダー候補の“引き出し”を増やす 

伊東:ほかには、リーダーに必要なこととして、どのようなことをお考えですか。

芦田:リーダーは、ビジョナリーであることが必須です。しかし、自分の思い描くビジョンの実現に向けて情熱をもって成し遂げたいと周囲に思ってもらうことは、容易ではありません。
そこで、ロールモデルを見せてあげることを検討しています。私個人としては、ロールモデルが重要とは思いません。完璧なロールモデルなどいませんし、本来は、自ら新しい道を切り開いていくパイオニア精神を求めていますから。
ただ、彼女たちの話を聞くと、参考にする引き出しが少ない。そこで、すでに活躍している女性リーダーが何を思ってやってきたのか、ビジョンを持つとはどういうことか、をインタラクティブに話し合えるセッションを計画しています。

伊東:芦田さんからご覧になって、男性より女性のほうが引き出しは少ないと感じますか。

芦田:ええ。たぶん経験値の差でしょうね。どれくらい戦略的議論に参加しているか、どれだけ外の人たちとネットワークがあるかによる違いです。入社時は圧倒的に女性のほうが優秀ですが、男性上司が「女性にこんな大変なことはさせられない」と気遣い、チャレンジングなアサインメントを与えることを躊躇してしまうことが原因の一つです。

伊東:ある会社では、若い女性に積極的にチャンスを与える方針で、無理ではないかと思えることもやらせてみるそうです。

芦田:そう、信じてやらせてみることが大事です。そして、放っておくのではなく、必要なサポートをしてバックアップする。これは、男性にも女性にも必要です。
長年培ってきたことが組織の風土になっていますので、それを変えようとすると、本当に抵抗感があります。女性リーダーが増えないのも、グローバルリーダーが育たないのも、根源的理由は一緒で、実は今のままでよいと思っているからです。自分の中に変えなければならない理由がないのです。その必要性を実感しない限り、簡単には変わりません。

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日本人にもっとリーダーシップを発揮してほしい

芦田:アメリカ人に変化をどう捉えるか聞くと、一様に「変化はチャンス」という答えが返ってきます。一方、日本人は、変化を「恐れ」、「躊躇する」。能動的に何かを成し遂げたいという目的意識がないのです。日本人がビジョナリーになることの難しさを感じます。

伊東:なぜこんなになってしまったのでしょうね。このままいくと、日本は本当に危ない。

芦田:日本人は、フレームワークをつくるとか、それを世界に浸透させるといったことが、本当に苦手ですので、日本人が本社機能を果たすのは大変です。

伊東:フレームワークづくり、プロセスづくりは、日本企業は驚くほど下手ですね。きっとこれまで必要がなかったからでしょう。

芦田:ハイコンテクストな言語がありますからね。「KY」と言うように、察しない人が排除される社会ですので。そもそも一人ひとり違うわけですから、お互いを理解するところから始めないといけないのに。

伊東:戦略も、日本人は女性だけではなく男性も弱いですね。

芦田:そうですね。日本社会では大学でも会社でも戦略的思考を鍛えたり、世界で戦うための作法を学ぶ機会が少ないように思います。それと、自分が前に出ようとしません。ファンクションを超えてリーダーシップを発揮するとコンフリクトが生じますので、それを避けようとします。

伊東:ファンクションを超えること、コンフリクトを避けていては、戦略実行は無理ですね。

芦田:そのとおりです。日本の大企業はまだまだ終身雇用が前提なので、ジョブローテーションをしていろいろな部署を経験していますし、社内ネットワークもあります。でも“サイロ”になってしまう。
私にできる社会への貢献は、日本人が持つポテンシャルを解き放つことだと考えています。

伊東:同感です。やはり私も、日本人に頑張ってほしいと常日頃から思っています。

芦田:本来、グローバルタレントを考えるうえで、日本人かどうかは関係ありませんが、同じ日本人として、日本人が活躍する社会であってほしいと願っています。

「資生堂らしさ」を世界に発信していく

伊東:芦田さんのお話を伺って強く感じたのは、リーダーシップは女性だけの問題ではなく、日本全体のテーマだということです。

芦田:そうですね。個人的には、女性だけを取り立てて何かをするのは、あまり好きではありません。でも、会社を変える、社会を変えるときの一つのトリガーなのだろうと理解しています。
外資系で育った私たちからすると、変革のスピード感には大きな違いがあり、かなりジレンマがあります。組織のトップの影響力は大きいため、例えば執行役員を大胆に外の人に入れ替えてしまうようなことをすれば表層的な変革は早く進むでしょうが、それでは組織に分断が起こり本質的な変化にはならないでしょう。今いる人たち自身が変えることの必要性を納得し変革をリードしなければ、資生堂全体を変えることはできません。同様に声がけだけでは女性リーダーは増えません。特に研究開発分野は専門性の蓄積を重視する傾向がありますので、若い女性を登用しても、下からリスペクトされるだけの専門性を有していないとリーダーになるのは難しいと言われます。今のワークライフバランスが快適で、コンフォートゾーンから抜けたくない女性もいる。ここをブレークスルーしていかないと変わりません。各部門の執行役員をプッシュしていますが、上司も本人も心のバリア、自分の考えを変えなければなりません。

伊東:今いる人を変えるのは大事ですね。その中でも、変えていくものと守るべきものがあると思います。御社が今後も大切にしていきたいDNAは、どのようなものですか。

芦田:漠然とした「資生堂らしさ」というものは共有されていますが、まだ明確に定義づけてはいません。そこが今、当社に不足している点かもしれません。品質へのこだわり、アートとサイエンスの融合、おもてなしの心、日本人的美意識、人を大切にするところ……そういったものが相まって資生堂らしさを形作っています。これを欧米企業のように明文化すべきかは議論のあるところですが、それがないと外から来た人に分かりづらいので、今後取り組みが必要だと感じています。

伊東:先日行われた世界女性サミットで、ファッションデザイナーのコシノヒロコさんが、「パリのオートクチュールの世界で私は目立とうとした。そのために、日本にしかないものを徹底的に生かそうとした」というメッセージを出されていました。資生堂らしさを共有することは、日本的なものを世界に発信することだと思います。

芦田:魚谷が目指しているのは、「世界で勝てる日本発のグローバルビューティーカンパニー」。日本らしさを追求しながら、当社らしいリーダーを育てていきます。

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伊東:ダイバーシティの推進、女性リーダーの輩出は、資生堂の145年にわたる組織のカルチャーを変えていくことへの試金石でもある。そのためには、全てのリーダーがチェンジリーダーになることこそが、資生堂が「世界で勝つ」ことに繋がるという、経営トップの熱い思いと強いコミットメントのもと、女性経営者の育成に取り組んでいらっしゃることが、インタビューを通じて、強く伝わってきました。そして、欧米系をまねるのではなく、「資生堂らしさ」を残しながら、世界で勝てるリーダーシップ開発への思いと取り組みには、共感を得るものがたくさんありました。
今日は、ありがとうございました。

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会社名
株式会社資生堂
創業
1872年(明治5年)
設立
1927年(昭和2年)
グループ会社数
96社 (本社のぞく/非連結子会社及持分法非適用会社含む)
資本金
645億円
連結売上高
8,503億円 (2016年度)
従業員数
36,549名 〔9,427名〕 (2016年12月31日現在)

※従業員数は就業人員数であり、臨時従業員数は〔〕内に年間平均人員数を外数で記載しています。