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キャリアシフト CAREER SHIFT ―「キャリア権」の意義と今後の方向性<第3回>

講演者:法政大学名誉教授 諏訪康雄先生

(2018年4月2日(月)株式会社マネジメントサービスセンター本社にて開催)

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2018年4月2日(月)、厚生労働省「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会(2002年)」で座長を務められた法政大学名誉教授の諏訪康雄先生をお迎えし、「キャリアシフト」をテーマにご講演いただきました。その内容をご紹介するレポートの第3回。

最終回となる今回は、今、多くの企業でキャリアの行き詰まりを感じていると言われている中高年層にスポットを当てつつ、人生100年時代を見据えて、私たちにどのような対応が必要かをご提言いただきます。

これまでのレポートはこちらから
第1回 基本的視点――人は、キャリアをどう評価するのか>>>
第2回 「キャリア権」とは――キャリア支援を支える法的基盤と今後の課題>>>


 

第3回 私たちに求められる「キャリアシフト」

ポイント
日本の従業員のエンゲージメントは極めて低く、熱意ある社員はわずか6%。24%の社員は、周りのやる気までそいでいる。日本はすでに中高年職場になっているが、特に中高年のモラールダウンがひどい
個人が主体的にキャリアをつくっていく時代だからといって、企業がこの問題にかかわらなくてよいわけではない。日本企業は、キャリア形成の面でも、モチベーションアップの面でも、取り組みが不十分
複線型パラレルキャリアが当たり前の時代が訪れようとしている。これからの個人には、専門性を磨き、変化対応力を身に付けることが求められる。また、“職業縁”の強い日本では、働き続けることによって、他者との人間関係が維持され、孤立せずに済む。長生きに対するリスクヘッジのためにも長く働き続けることが大切

 

熱意ある社員はわずか6%。4人に1人は組織をむしばむ不満分子!?

アメリカのギャラップ社による従業員エンゲージメント調査(2013年)によると、日本の従業員のエンゲージメントは、世界139か国中132位。下から8番です。
アメリカでは32%、およそ3人に1人が熱意を持って仕事に取り組んでいますが、日本では、熱意あふれる社員は6%しかいません。やる気のない社員は70%に上り、さらに恐ろしいことに、周囲に不満をまき散らしているやる気のない社員――自分がやる気がないだけでなく、周りのやる気までそいでいる社員が24%もいます。
日本の働き方・働かせ方には、どこか仕事に対して“やらされ感”を生む構造があるのではないでしょうか。

日本はすでに中高年職場

国税庁の民間給与実態統計調査(2016年)によると、日本の職場全体で通年に働いた人の平均年齢は46歳。コアとなる通年労働者の半分は、すでに45歳を超えています。
その半分ほどが45歳を過ぎたらラインの出世コースから外されたり、年下の上司がやってきて、昨日まで「〇〇さん」だったのが「君付け」になったりして、モラールダウンを起こすわけです。先ほど紹介したギャラップのエンゲージメント調査の「周囲に不満をまき散らしているやる気のない社員」の24%には、45歳過ぎで不本意なキャリアを歩んでいる人がかなり入っているのではないでしょうか。
実際、調査をしてみると、モラールダウンが著しいのは、40歳以上です。20代はやる気が高く、30代になると少し落ちてきて、40代半ば以降は崩れるように下がっていく。

日本はすでに中高年職場です。だから、数の多い中高年を元気にさせなければならないのに、日本企業の今までのやり方は、ライン昇進を基礎にしたキャリア形成方式で、課長になるまでは皆、上がっていき、そこで選別に漏れると、スタッフ職などになり、仕事上のセカンドシティズンのような扱いを受ける。しかも、その仕事は必ずしも自分で選べるわけではない。さらに最近では、課長にもなれないケースが多くなってきた。これでやる気が出るほうが不思議です。
それからもう1つやる気を失うのが、役職定年です。大企業の半分は、役職定年を設けていないか、導入したけれども弊害が多くて廃止しています。ちなみに、役職定年は、女性の敵でもあります。女性は、ある時点でキャリアを中断して子育てをするケースが多いので、役職に就くスタートラインが後ろになりがちで、結果、管理職としてキャリアを積む期間が短くなってしまうことが多いためです。

長寿化により、年金や医療の問題が深刻化

ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授が書いた『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』(東洋経済新報社)の原題は、“The 100-Year Life”(100年人生)です。アメリカのある推計を使うと、今生まれた子の半分以上が100年以上生きるそうです。もし60歳で定年とすると、働いている期間より年金をもらっている期間が長くなってしまいます。これでは、年金財政が持つわけがありません。
日本の健康寿命は、男性72歳、女性74歳程度とされています。私は、実際はもう少し上ではないかと考えていますが、仮に75歳としても、100歳まで生きるとしたら、25年も介助や医療の世話にならないといけない。これは年金以上に大変な問題です。

「100年人生」が訪れるのはもう少し先ですが、今でも、60歳を迎えた頃でいうと、男性でもあと20数年くらい生きることになり、長い高齢期があります。他方、健康状態もよくなっています。今の70代は、昔の60代より元気です。「サザエさん」の波平さんは、完全におじいちゃん扱いですが、実はまだ54歳です。当時は、55歳定年の時代で、その頃の日本の男性の平均寿命は65歳くらいでした。男性の場合、定年後10年の余生といった計算でしたが、今は65歳で最終的に引退となっても、まだ15年以上が残されます。

世界の中で最も急速度で高齢化が進んでいるのが日本であり、今や4人に1人が65歳以上です。これほど短期間で高齢化が進んだ国は歴史上ありません。したがって、日本は最もこの問題にセンシティブになっている国の1つです。しかし、日本がここで法や環境の整備などを行えば、世界的な影響を与えることができます。
他の国も、いろいろな手法で取り組んでいます。外国における中高年対策の一番は、年齢差別禁止法ですが、日本は簡単に入れられません。労働組合は、年齢差別禁止法を入れることによって解雇規制が崩れることを懸念していますし、会社は会社で、本当の転職社会になって、必要な社員にどんどん離職されても困ることでしょう。日本型の会社での若者養成システムも崩れかねません。しかし、キャリアの面から考えると、最終的に職業から離脱する時期を本人が選択するほうが望ましいのは確かです。

企業は、個人のキャリアの問題に分け入っていかなければならない

個人が自律的にキャリアをつくっていく時代に、企業はどこまでかかわることができるのでしょうか。
今、企業に入ってくる若者は、キャリア教育を受けていますが、管理職はそうではありません。これがブラック企業意識を高めている原因の1つかとも思います。学校でキャリアについて学び、夢見て入社したら、全然違っている。企業は、その対応ができないと、「7:5:3(しち・ご・さん)」といわれる高い離職率、最近の実態では「7:4:3」となっていて、中卒の7割、高卒の4割、大卒の3割が3年以内に退職するという状況を変えることはできません。

私は30歳過ぎくらいまでは、社会や会社がさまざまな教育をしないと、多くの人はなかなか使い物にならないと考えています。日本の学校教育は実践的ではありませんから。EUの研究所の研究によると、一人前になるまでの期間は、多くの職業で12年程度が目安となり、その頃にピークを打って、ゆっくりと加工していきます。ですから、高齢化も念頭に置くと、35歳くらいまでは人材育成の要素が大きく、その辺りでリカレント・エデュケーションやサバティカル休暇を与えることがキャリア形成上、きわめて有効です。ゆっくりとかも知れませんが、そういう時代が来るだろうと思います。
日本の会社の教育訓練費用は、国際比較では、OECDの中で最低クラスです。OJTも、非正規には中途半端にしかなされてきていません。少子高齢化で人材がますます枯渇していくのに、人的資本投資がなされていないのです。終身雇用なんて一部の企業や組織を除きとてもできないわけですから、幻想はやめて、「うちの会社に来ればキャリアをしっかり伸ばせる」と言えるように、いろいろな形で再編成していく必要があります。

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そして、働く人びとのエンゲージメントも低い。従事する仕事への天職意識が弱い。ライン上のプロモーションしかない単線型のプロモーション方式を取っていると、そこから外れたら著しくモラールダウンする。若い人にチャンスを与えると言って役職定年を設け、また多くの人がモラールダウンする。60歳を過ぎて再雇用するときに給与を大きく下げて、さらにモラールダウンする。とにかくモラールダウンがひどい。今や多くの企業でコアとなる従業員の半分は45歳以上なわけですから、真剣なシニア対応、中高年対応が重要です。企業は、この問題に正面から取り組む必要があります。
社員は自分のキャリアについては言いたがらない面がありますが、これからの企業には、そういったところに分け入っていくことが求められます。人事は、片手間ではできない時代になってきたと思います。

働き続けることは、ネットワークづくりにも有効

働く個々人はどうすればよいのでしょうか。メディアの老後特集は、ほとんどがお金の話です。ファイナンシャルプランナーが出てきて、「定年までに最低3000万円貯めなさい。できれば6000万円、それなりの生活をしたければ1億円必要です」などと腰が抜けるようなことを言います。そして、「資産形成できない人は1日でも長く働くことです」と説きます。

ただ、ここで言われているのはキャリアの経済的な側面だけです。リンダ・グラットン教授も、“非経済的”なものが重要と訴えています。高齢者の死亡率を高める一番の統計的な要因は、孤独・孤立です。孤独を避けるには、地域に根をもって、社会奉仕をしたり交流したりしてネットワークを築くべきですが、普通の会社員は地域とは寝に帰るだけの存在です。
一方、日本は“職業縁”が強い。働けば、仕事のためにいやおうなしに人間関係ができ、面倒くさいこともありますが、孤立しません。働いていることが即、ネットワークの形成と維持になります。
働き続けるためには、健康が大切です。若い頃から自主的に健康管理をし、健康寿命、職業寿命を延ばしていく必要があります。こうして、ただ年金の世話になるのではなく、生産人口の一角に身を置き続けられるようにする努力が欠かせません。

人生100年時代のキャリアの築き方

人生を100年とすると、5つの期間に分けて捉えることができます。

Ⅰ期(20歳ごろまで)は社会活躍の準備過程。
Ⅱ期(20~30代)は活躍開始・成長の年代。これは、高学歴化に伴ってどんどん後ろ倒しになっています。
Ⅲ期(40~50代)はフルに活躍するキャリアの収穫の期間ですが、そこで日本のように、エンゲージメントが大きく下がってしまう人が多いのは極めて問題です。
Ⅳ期(60~70代)は社会活躍を可能な範囲で継続していく時期であり、ここをどうするかも重要です。そして、
Ⅴ期(80代以降)は、社会活躍からのなだらかな引退過程になります。

本講演の冒頭(第1回)で挙げたキャリアの3指標をキャリアシフトとの関係で考えてみると、20~40代では、たしかに経済の指標が重要なポイントでしょう。40~50代では、社会的な評価をさらに重視するようになる。そして最後、60代以上では、個人の納得の問題が大きい。どうやって自分自身で納得して、「まあまあの人生だったなぁ」とキャリアに締めくくりを付けていくかが重要な課題になっていきます。

リンダ・グラットン流では、学校教育を受け、働いて、引退するという単線型から、Ⅱ~Ⅳ期の間に学びと就業を何度も繰り返し、就業形態なども変わりながら進んでいく複線型になっていきます。
単線型で段階的にキャリアを積んでいくカリキュラム的発想は、現実的でなくなっていきます。年齢を基準にした輪切りではなく、一人ひとりが多様になり、仕事と学びの間を行ったり来たりする、複線型の「パラレルキャリア」が当たり前になっていくでしょう。

中小企業白書(2014年)によると、2012年の段階で、新しく起業した人の32%は60代以上です。起業するには、何か光るものがあるか、そうでなければ人的ネットワークを持っていることが必要です。そういう意味では、会社の中でずっと企画立案をしていたような人は、起業は難しいかもしれません。それよりも、営業の人のほうが、社外に人脈を持っているので可能性が高まります。
社外に人脈の少ない人は、できるだけ副業・兼業をしたり、ボランティアなどをしたりして、パラレルキャリアをするとよいでしょう。例えば、副業でフリーランスの仕事をしていれば、将来、自分が起業できるかどうかがなんとなく分かります。それをしないで、退職金を元手にすぐ事業を始めると、悲惨な結果になりかねません。

企業や社会の対応としては、ダイバーシティ(多様性の尊重と包摂、そして多様な活躍の姿)が非常に大事になります。マネジメントにおいては、多様な人たちに強みを生かして、モチベーション高く働いてもらい、エンゲージメントを高めていくためのスキルやマインドが課題になっていきます。

一人ひとりが専門性を持つ本当のダイバーシティを目指そう

現在、70歳ごろまで働き続けることは、ほぼ当たり前になっています。男性の場合、働き続ける人と年金生活者がほぼ半々になるのが60代後半です。20歳くらいから70歳くらいまで働くとすると、折り返し点は45歳。男性の4人に1人、女性の2人に1人が達する90歳まで生きるとすると、生まれてから亡くなるまでの間の折り返し点も45歳です。
箱根の駅伝はしばしば、往路と比べて復路の視聴率が落ちるそうです。前半である程度、順位が決まってしまいますから。45歳で先がほぼ見えるという出世レースもそうです。その仕組みを変えていかないと、日本は持ちません。一人ひとりが専門性の核を持ち、それを活かしながら大きな仕事をしていく。ダイバーシティ(多様性)というのは、各々が専門性を持たないと本来の効果を上げません。コンビニ店ばかりが並んでいるところで、少し違った買物をしようとしても、できません。専門店が必要なように、いろいろな専門性を持った人がいるから、そこに強さが生まれるのです。

こうしたことを踏まえて、我々は、自分のキャリアを考えていかなければなりません。会社は定年後のことまで考えてはくれません。なるべく早くから準備を始めたほうがよいですし、会社もそれに配慮し、会社と個人がwin-win関係で寄り添っていくとよいと思います。

最近、通勤電車があれこれの路線をつなぎ長い距離を走るようになってきました。すると、なんとよく遅れることか。遠いところで信号機故障があっても、人身事故が起きても、全線が乱れてしまいます。距離や時間が伸びるということは、リスクが高まることなのです。そのリスク対応として何が必要かというと、個人と組織の変化対応力です。そのためには、個人の意識や行動、組織文化、学び直しや経験学習など、さまざまなもののリセットが必要になります。
「キャリアシフト」――時代的にもキャリアはシフトしてきたし、人生が長引くにつれて我々のキャリアもシフトしていく。あるときは民間企業、あるときは公務員、あるときはフリーランス、複雑な経歴を積みながら職業キャリアを歩んでいく、そういう時代がやってこようとしているのです。


法政大学名誉教授
諏訪 康雄(すわ・やすお)
1947年東京生まれ。 1970年一橋大学法学部卒業後、伊ボローニャ大学、東京大学大学院博士課程などを経て、1986年法政大学社会学部教授。その後、厚生労働省・労働政策審議会会長、中央労働委員会会長などを歴任し、現在、法政大学名誉教授。 著書に『雇用政策とキャリア権』『雇用と法』『労使コミュニケーションと法』『労使紛争の処理』(以上、単著)、『法律学小辞典』、Il diritto dei disoccupati(以上、共編著)、『判例に学ぶ雇用関係の法理』『外資系企業の人事管理』『概説オーストラリア史』(以上、共著)ほか。