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人材育成を経験学習で促進させるための視点(第1回)

第1回:経験学習が注目される背景と課題

昨今、経験学習を通じた人材開発への注目が高まり、人材育成における普遍的な考え方として普及しつつある。

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経験学習を広義にとらえると、日常生活においても人は無意識のうちに経験学習のサイクルを回しているものである。例えば、人は「月曜日に遅刻をした」という経験から、遅刻した理由や原因となる行動を自分なりに振り返り、「日曜日に遊び疲れて、睡眠時間が減ったからだ」「月曜日は電車が混み合い、遅延するからだ」など自分なりの教訓を見出して、「日曜日は早く寝るようにしよう」「月曜日は一本早い電車に乗ろう」などと行動改善につなげている。そう考えると「経験学習のサイクルを回す」ということは、とてもわかりやすい話であり、いつでもどこでもすぐに取り入れることができるものだといえる。

これを人材開発の観点から定義すると、「人は自分の成長につながるストレッチした経験をすると、その内容を内省し(振り返り)、そこから教訓を得て(概念化)、教訓を次の状況に適用(行動改善)する」ということになる。

今回は経験学習というものを改めて掘り下げて考え、普及した背景から現状の課題、有効的な活用方法などについて、2回シリーズでお届けしたい。

人材育成に普及する経験学習。その理由とは?

従来、日本企業の人材開発はOJTという枠組みのもと、現場での実地指導に注力してきた背景がある。現場経験を積むことは仕事の初期においては重要で、先輩や上司に付き添われることで一人前へと成長していくものである。多くの場合、OJTトレーナーがマンツーマンで仕事を教え込み、必要な知識や方法を教授しながら育成を図ってきたことだろう。

また、コーチング理論の普及も無関係ではない。従来はティーチング型が中心であった現場指導において、質問を通じて自身の中からどうしたいのか具体的な考えを引き出すコーチング型のスキルが求められるようになり、管理職教育の一大ムーブメントにもなった経緯がある。

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さらに、経験学習が理論的枠組みで世間に広まったきっかけとして、「7(経験から学ぶ):2(他者から学ぶ):1(勉学から学ぶ)の法則」がある。この法則にはインパクトがあり、学識者の研究や書籍によるトレンド形成が後押しをしている点でも多大な影響を与えている。

こうした流れから、経験学習サイクルを回して成長につなげていく手法は普及が進み、今後も引き継がれる普遍的理論として定着していくであろうと思われる。

経験学習のわかりやすい例えとして、「人材開発を促進させるためのOS(オペレーションシステム:PCが作動するための基本ソフトウェア)が経験学習である」という比喩がある。OS=経験学習が良いと様々なアプリ(人材開発で例えるとOFF-JTプログラムなど)が的確かつ有効に働いて、アウトプット(行動変容やスキルアップ)につながる。しかし、OSがチープだとせっかくのアプリが作動せず、アウトプットに至らないという構図である。

このことから人事の取り組みとして、研修体系の充実だけでなく、仕事経験を通じた学習のメンタリティーを高めようという動きが進み、経験学習が自己成長や人材育成を促進する「基本的な考え」といった方向で広まっているのであろう。

経験学習が抱える課題、打破するための視点とは

一方、従来行われてきたOJTについては、うまく機能していないという人事担当者の悩みをよく聞く。OJTとは現地現物での指導を行う実践型指導方法としては認知されてきたが、その方法には問題も多く、①場当たり的な育成 ②暗黙的な関わり ③属人的な指導 は代表的な課題といえる。「とりあえず経験をさせてみて、上司の背中を見て盗めといった指導で、自分の流儀や経験を基に指導を行う」、といったやり方で人材育成を行おうとする上司が多かったのではないだろう。

また、経験学習が考え方止まりでの普及で終わると、「経験は重要だ」「振り返りが必要だ」など姿勢面だけにとどまり、成長や育成のアウトプットが不明瞭になることが懸念される。ひと昔前(バブル期頃まで)の人材育成では、経験(特に、攻めや拡大系の仕事経験)が職場に転がっていて、そこを潜り抜けた猛者(成功者)が勝ち残って上位職に付き、部下の模範となっていた。そこでは経験付与が重要テーマとなり、適者生存型の育成が図られてきたという分析もある。

これをベースにとらえ直すと、当時の部下の立場だった人が現在では管理職になっており、自分の経験と同じような育成の仕方をすると「経験=ストレッチ」に注力することになる。さらに、「任せる」という都合のよい言葉で、放任型育成となるケースが多くなるといえる。この動きは、多くの企業が標榜する「自律型人材」を目指す人材開発方針と合致しているように見えるため、一層「任せる」という名の放置を助長することになる。

ちなみに、某パーソナリティ診断(信頼性が高いグローバルベースのサーベイの一つ)の管理職層の特性を集団分析したところ、「利他主義」が低い管理職が多かった。これは自己責任をモットーとしている表れでもあり、放任型育成の一つの裏付けとなる。つまり、経験学習の一つの側面である「ストレッチ偏重型」育成である。その反省から、経験学習では「振り返り」の重要性も重視されている。「経験しっぱなしではなく、振り返って内省を深めて次につなげて考えないと、何も残らない」という視点である。したがって経験学習においては「内省力」が問われることになるが、内省は観念的な行動なので評価が難しく、「反省はするが内省はしてない」といった文脈で語られることが多い。

内省に関する学術的知見も色々とあるが、乱暴ながら内省をあえて要約すると、以下のように考えられる(教訓・概念化まで含む)。

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これらを独力で、順次明確化できることが理想だが、なかなかそこまで自分と客観的に向き合える人はいないだろう。その取り組みが進んでいるのは、スポーツコーチングの領域である。某大学の駅伝の「ノートによるコーチング」などが典型で、内省を深めるためには言語化が重要であり、漠然と振り返るだけでは意味づけがなされにくいということがいえる。漠然と振り返るだけでも時にヒントやひらめきが生まれることもあるが、内省を深めるには言語化の習慣がポイントといえるだろう。

そこで私は、皆さんに日記アプリなどを活用することをおすすめしている。毎日は無理にしても、週単位で入力しておくと、月次や半期の振り返り時に、蓄積された経験から大きな示唆が得られるかもしれない。これは私見だが、ゴルフの上達に向けて、ラウンド後にノートアプリで内省をして記録化を継続していく中で、自分なりの考え方やコツ、いわば自分オリジナルのスイング理論が形成され、上達のスピードが加速化された実感がある。夢中になって打ち込む趣味や遊びなら楽しく内省が進み、アウトプットにつながる。その事実は、言語化による内省の深化がアウトプットにもたらす証左といえるかもしれない。

さて、内省が独力で進みにくい課題を解決するためには、「対話」の重要性も問われる。そこで必要とされるのが、内省を刺激してくれるパートナーの存在である。ニュートラルにこちらの話を傾聴してくれ、時に鋭い質問や自分が考えてもみなかった問いかけを投げかけてくれ(質問されると人はさらに深く考える)、悩んでいるとちょっとしたヒントや助言をくれる。そこまでの理想の相手は求めないにしても、組織活動において対話のパートナーになるのは、結局のところ上司ということになる。

つまり、組織において部下の内省を問うには、上司の「内省支援力」が問われることになるのだ。もう一度、ひと昔前の人材育成を想起していただきたい。「放任型で自立せよ」といった指導で育ってきた上司(昔の部下)に、効果的な内省支援ができるであろうか? また、そのような深い内省に向き合えるようになるためには、どのような条件が必要なのだろうか? 次回はこのあたりの「経験学習の組織的実践方法」について考えてみたいと思う。

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株式会社 マネジメント サービス センター シニアコンサルタント
辰井 賢二
大学卒業後、リース営業職を経て、1992年より株式会社マネジメントサービスセンター。営業職、商品企画室、コンサルタント職を歴任。現在に至る。専門分野は、人材要件設計コンサルティング、人材アセスメント、審査・診断ツール開発設計、経験学習に基づく人材育成(OJE)。近年では特に、アセスメント受講後の能力開発支援として、フィードバック・コーチング・上司向けのサポート、ディベロップメントツール提供などに取り組んでいる。