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人材育成を経験学習で促進させるための視点(第2回)

第2回:経験学習の組織風土醸成

「経験学習が普及する背景と課題」をテーマにお送りした前回のコラムに引き続き、後編となる本稿では、組織において人材開発で経験学習を効果的に促進するための方法や視点を、「経験学習と組織風土とのマッチング」「上司と部下の関係性」という2つの観点から考えていきたい。

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経験学習と組織風土とのマッチング

経験学習においてまず大事なことは、経験そのものの内容面である。

「成長にはストレッチ経験が重要である」という考え方に異論を唱える人はまずいない。

しかし、ストレッチを「挑戦的で難易度の高い課題・状況」と定義し、それを社員一人ひとりに照らしてみると、担当する業務に応じて様々な内容があげられる。一律的な捉え方でストレッチの本質を見失わないように、個々の実業務を踏まえた上で、組織としては「どの程度のストレッチが求められるのか」をガイドすることが必要なのではないだろうか?

例えば、各個人の業務全体を100%とした場合、ルーティン的業務は80%遂行しながら、残り20%はストレッチ業務を設定して取り組む。割合の程度はいろいろなのかもしれないが、MBO(management by objectives=目標管理制度)における目標設定時にストレッチ業務が明確にされていることが重要であろう。

MBOのチャレンジ目標は、個人別に設定されていることが多いと思われる。ところが、設定はなされるものの、評価やフィードバックを受ける対象になっていないことが多く、いわゆる努力目標的な扱いになりがちである。ここを今一度再考し、ストレッチ目標とその評価の在り方を再設定することが大事であろう。

関連する事項としては、従来のMBOの課題や反省を踏まえて、今日的はOKR(Objectives and Key Results=目標と主要な成果)が注目されている。OKRにおける目標(ではなく目的という)は、「容易ではないが達成可能」であることを重視しており、成功確率は50%程度でよいとされている。これは、簡単に達成できる目標を設定して達成したほうが評価が良くなってしまう従来の制度構造の打破をねらったもので、まさに経験学習という考え方とフィットする制度であるといえる。OKRは本稿の直接的なテーマでないため詳細には触れないが、「ストレッチ」を考えるに当たり大事な観点は、~失敗するかもしれないことを織り込んで、挑戦することを推奨する~ということではないだろうか?

そのためには、組織が失敗するリスクの許容度を広く容認することであり、その前面にいる各社員の上司がそれを重視できていることが肝心である。何度も引用してしつこいが、バブル期までの成長時代と今の職場環境を比較してほしい。成長時代は挑戦がそこかしこに転がっており機会が多かったが、今は組織も大きくなって縦割り化し、挑戦機会自体が減少している組織が少なくない。より一層の挑戦を求める風土形成が必要なのは明白である。

上司と部下の関係性

経験学習のサイクルを回すのは、各社員本人である。理想として、本人が自発的に「ストレッチ経験」を探索して自ら目標設定し、自分の活動を客観的に振り返って内省を深め、今後に繋がる教訓を自らが見出すことができれば、上司は不要なのかもしれない。

まず、弊社が行った経験学習の実態調査(育て上手の管理職実態調整:2016)からの結果を参考に紹介したい。

■上司はやっているつもりだが、部下(中堅社員)はそう感じていないこと
・業務の目的や重要性・意義を伝え、共有する

■上司はそう感じていないが、部下(中堅社員)がされていると感じていること
・指示・助言は最低限にし、本人に任せる

■よくされている上司の支援
・相談があればフィードバックやアドバイスを与える
・問題に直面したとき、壁にぶつかったときにアドバイスを与える
・不安を取り除き相談しやすい雰囲気を作る

■あまり実施されていない上司の支援
・実行段階での側面支援・後方支援
・事前の研修、OJTで必要な能力を身につけさせる
・時間的余裕を与え、徐々に任せる
・事後の振り返りを実施する

上記の実態調査の結果からは、中堅社員に対するまさに放任型の育成が浮かび上がっている。ハイパフォーマーには問題ないと思われるが、平均的パフォーマーに対しては課題があるだろう。

次に、上司部下の関係性だが、大きく3つのタイプに分類できる。

 

いずれも重要な機能ではあるが、これを管理職に簡易的に自己診断してもらうと、A型、B型、AB型が多く、C型は少ないのが実態である。

A型に必要なのは、「アイスブレイク的な話材」「共感的傾聴」などのスキルであるが、これらは自分がタフに成長してきた上司ほど不足することが多い。B型に必要なのは、「なぜなぜ的なロジカル・クエスチョン」などのスキルであるが、これらは管理職自身が優秀であるがゆえに、部下に考えさせる前に管理職自身が正解を見出してしまうケースが多い。そして、C型には、問いかけを通じて相手の思考に刺激を与えることがポイントとなるが、問いかけのストロークが相手に向かわず、質問者である管理職自身に向いてしまい、自分が知りたいことを質問しがちになってしまう。

また、私見であるが、タイプにも順序があるような気がしている。

まずはA型がスタートになる。これは今日的職場環境の動向にも関係している。職場におけるストレス要因が昔と比べて多くなっているからである。現在のリモートワークなどはその代表例であり、孤立化する社員に対して精神的支援のニーズがますます高まっている。

そうした課題から、B型が必要になると思われる。これは相手(部下)のレベルに応じた使い分けがポイントになる。未熟者には上司が模範的回答を提示する、習熟者にはあえて回答を示さずに質問(ロジカル・クエスチョン)だけを投げかける、といった使い分けである。

そして、とりわけ経験学習においては、これらのタイプの中でもC型の役割が重要である。本人の「内省」「概念化」「教訓化」に渡り、対話を通じて本人の気づきを深める役割である。

重要なのは、対話の機会である。このような対話は自然発生的にはあまり行われないため、日常の中に別途時間を設けて機会を作る必要がある。いってみれば「リフレクション1on1」である。最低必須として目標設定の期中や期末面談時、さらに担当業務やプロジェクトなどが完了したタイミングなどで行われることが望ましい。仕事の成果の振り返りだけでなく、本人の経験学習を通じた成長について、本人と上司で話し合う機会が必要である。

「リフレクション1on1」は、相手(部下)の活動の軌跡をなぞったインタビューのような対話をイメージしていただきたい。客観者(上司ではあるが初めて聞くようなスタンスで)が相手(部下)の取り組みに興味関心をもって活動の軌跡を辿っていく。TVなどでもよくある「成功者の軌跡インタビュー」のような感じである。インタビュー形式で改めて聞くことにより、本人(部下)の内省が深まる作用が生じる。そこで部下が語ったことは、自分自身の教訓を考えるきっかけにもなるだろう。人は人に話してみることで気づきを得られることが多いという考え方である。

本稿のまとめは以下になる。

・挑戦を推奨する組織風土
・放任に偏らない上司の関与の在り方
・上司と部下の関係性に応じた役割
・リフレクション1on1の推奨

今回は経験学習促進に関して上司の役割を中心に記載したが、組織的取り組みという観点から考えると、上司単独の関与による負荷が増えることの弊害も考えられる。本来的には各社員の経験学習の自走化が必要であり、自走化に向けた教育(経験学習の重要性理解と自走のための考え方など)も欠かせない。各自が経験学習のサイクルを回していく際に、「どこは独力で遂行できているのか?」「どこがボトルネックになっているのか?」といったことを認識しておくことも大切である。

そして、リフレクションに関しては上司と部下の1対1の関係よりも、集団における相互作用のほうがより内省が深まるはずである。

例えば、リフレクションセッションなどのイベント(楽しい雰囲気のイベントがより効果的)を定期的に設け、社員が相互に内省して刺激を得ることができるような機会があることが理想であろう。

特に、部門を超えた関係者間で相互にリフレクションセッションを実施すると、内省の主体者の気づきの深まりが一層高まると同時に、内省を傾聴する相手にとっても大きな刺激が得られることが多い。

そういう意味では、ラインマネジメントの中だけでなく、プロジェクト活動などの振り返り時にリフレクションセッションを実施するのが有効かと思われる。プロジェクト完了後は打ち上げをよく行うが(昨今はコロナ事情で実施しにくいが)、それと同時にメンバー一人ひとりがプロジェクトからの学びについて語るような機会を設けてはどうだろうか? 

そのような機会では、リフレクション自体をエンジョイしながらできる仕掛けとして、カードゲーム形式で実践する方法(※リフレクションカード® http://reflection-method.com/) もある。私自身もそのゲームを体験したことがあり、知らない相手ともカードのやり取りを通じて内省に向けた質問をやり取りしながら、自分が潜在的に考えていたことが顕在化され、とても有意義な機会であった。ゲーム形式はあくまで一例であるが、リフレクションを何か仰々しい場とせず、気楽に行えるような機会があることが大切であると思う。

周囲と対話することで、自分自身では思いつかなかったような視点から経験を振り返ることにより、多くの「気づき」が得られ、内省が深まっていく。それこそが、経験学習促進の第一歩となる。職場で経験学習を醸成するために、まず、自らの経験について他者と対話し、経験を振り返る機会を積極的に作り出していただければと考えている。

※リフレクションカード®はリフレクションメソッドラボラトリーの登録商標です。リフレクションカード®についての使い方や認定ファシリテーター講座等のお問い合わせはリフレクションメソッドラボラトリーにお願いいたします。)

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株式会社 マネジメント サービス センター シニアコンサルタント
辰井 賢二
大学卒業後、リース営業職を経て、1992年より株式会社マネジメントサービスセンター。営業職、商品企画室、コンサルタント職を歴任。現在に至る。専門分野は、人材要件設計コンサルティング、人材アセスメント、審査・診断ツール開発設計、経験学習に基づく人材育成(OJE)。近年では特に、アセスメント受講後の能力開発支援として、フィードバック・コーチング・上司向けのサポート、ディベロップメントツール提供などに取り組んでいる。