サクセッションプランは「完成度」よりも「実行」が重要
社内昇進を優先する組織が直面するサクセッションの現実
MSC/DDIのグローバル・リーダーシップ・フォーキャスト2025 HRインサイトレポートによると、75%の組織がリーダー職において社内からの昇進を優先しています。
これは非常に合理的な考え方です。社内の人材を登用すれば組織文化になじみやすく、採用リスクを抑えながら、早期に実力を発揮できるためです。

しかし、重要ポジションで即戦力となる人材がいると回答した人事担当者はわずか20%にとどまっています。
また、重要ポジションを社内の人材だけで即座に充足できる割合は、平均して49%にすぎません。つまり、多くの組織が「社内昇進を重視したい」と考えている一方で、そのための人材基盤が十分に整っていないのが実態です。この理想と現実のギャップは見過ごせない課題といえます。

多くの人事担当者は、自社のサクセッションに課題があることを認識しています。すでに施策を計画に組み込んでいる組織もあります。しかし、実行は後回しになりがちです。その背景には、本格的なサクセッション施策の導入に伴う負担があります。時間や予算の確保、関係者との合意形成など、多くの準備が必要となる一方で、人事部門はそれらに十分なリソースを割けないのが現実です。しかし、「最適なタイミングが来たら始めよう」と考えることこそ、実はリスクを拡大させる要因になりかねません。
サクセッションを「先送り」にすることが最も高くつく理由
何もしないことは、一見すると消極的な選択に見えます。しかし実際には、「万全な条件が整うまで待つ」という意思決定をしているのと同じことです。その結果として、組織のリスクは少しずつ積み上がっていきます。退職、定年、組織再編などによって重要ポジションが突然空席になった場合、人材の供給体制が整っていない組織は、外部採用に頼らざるを得なくなります。
ポジション自体を埋めることはできても、その代償は決して小さくありません。外部採用のリスクは、特に経営層において高まります。実際に、外部から採用された経営幹部の約50%が期待通りの成果を上げられず、その主な要因として組織文化とのミスマッチが挙げられています。

さらに、経営や事業の方向性を左右する重要ポジションほど、その影響は組織全体へ波及します。
しかも、問題はポジションが空席になってから始まるわけではありません。成長機会やキャリアの展望が見えないハイポテンシャル人材は、組織の体制が整うのを待ってはくれないのです。MSC/DDIの調査では、ハイポテンシャル人材の21%が1年以内の退職を検討していることが示されています。さらに、成長や昇進の機会が不足している場合、その確率は約3倍に高まります。

こうしてリーダーシップ・パイプラインの空洞化は静かに進行していきます。そして問題として認識されたときには、すでに大きな代償を払っているケースが少なくありません。
「一大プロジェクト」という思い込みが組織の足かせになる
リーダーシップ・パイプラインを強化するためには、まず、サクセッションに対する考え方そのものを変える必要があります。多くの組織は、サクセッションプランを「大規模な制度改革」や「正式な人事プロジェクト」と捉えがちです。そして、決められたプロセスやスケジュールを前提に進めようとします。しかし、限られたリソースの中では、その考え方が前進の妨げとなることもあります。
サクセッションは、一度立ち上げて終わるプロジェクトではありません。日々の人材判断や育成の積み重ねによって機能する、継続的な経営活動です。サクセッションの真価が問われるのは、「リーダー不在のリスク」が現実の経営課題となったときです。
まずは、次の3つの問いに答えてみてください。
- 明日空席になった場合、最も影響が大きいポジションはどこか
- 実際にその後任を任せられる人材は誰か(希望的観測ではなく事実として)
- 現在の育成投資は、そのポジションに必要な能力の強化につながっているか
これらは制度設計の話ではありません。経営陣が今すぐにでも判断できる重要なポイントです。
サクセッションのリスクを軽減する「3つのアプローチ」
サクセッションに関するリスクは、いくつかの具体的な取り組みによって着実に軽減させることができます。ここでご紹介するのは、長期的な制度設計ではありません。今すぐ行動を起こし、小さな成功を積み重ねながら前進するための第一歩として考えてください。
アプローチ1:実際のリスクを可視化する
最初に行うべきことは、仮に空席になった場合に組織へ最も大きな影響を与える8〜10の重要ポジションの特定です。これこそが、サクセッション戦略の出発点となります。
確認すべきポイント:
- 収益に直結する、あるいは組織の極めて重要なノウハウを握っているポジションはどこか
- 現時点で、明確な後継候補者がいないポジションはどこか
- 定年退職が近い、あるいはモチベーションの低下が懸念されるリーダーは誰か
こうした視点で整理することで、組織のどこに最も大きなリスクが潜んでいるのかが明らかになります。
アプローチ2:後継候補者の準備状況を客観的に見極める
多くの組織では、人材評価が直属の上司の主観に大きく依存しています。もちろん上司の見立ても重要ですが、往々にして「目立ちやすさ」や「好感度」の影響を受けることも少なくありません。その結果、将来の役割に求められる能力や準備状況を正確に把握できていないケースがあります。
そこで重要になるのが客観的なデータです。リーダーシップ・アセスメントを活用すれば、個々の能力をより的確に理解し、「将来、より複雑で責任の大きな役割を担えるのは誰か」「成長を促すために、どの能力開発に注力すべきか」を明確にすることができます。
その効果は数値にも表れています。アセスメントデータを活用して人材選抜を行った場合、昇進の成功率は1.6倍に高まることが判明しています。
まずはリスクの高い重要ポジションから、小規模でもアセスメントを実施してみましょう。それだけでも、客観的な人材判断に基づくサクセッションの土台を築くことができます。
アプローチ3:的を絞った育成投資を行う
包括的で大規模な育成プログラムを用意する必要はありません。重要なのは、リスクの高いポジションの後継候補者となる少数の人材に対して、意図的かつ実践的な成長機会を提供することです。
まずは、次のような施策から始めてみましょう。
- ストレッチアサインメントの付与
- 専門家によるコーチング
- 次世代リーダー候補同士が学び合うコミュニティの形成
こうした取り組みだけでも、重要ポジションが実際に空席になる前から後継者育成を進められます。
今の段階で十分なレベルとは何か
ここで言う「十分」とは、基準を下げたり妥協したりすることではありません。「組織にとって最も大きなリスクを確実に軽減できる領域に、限られたリソースを集中させる」ことです。
その具体策は組織の状況によって異なります。
- 組織全体ではなく、重要ポジションに絞ってタレントレビューを行う
- 将来のリーダー不足を見据え、まずは少数の後継候補者プールを構築する
- 洗練されたフレームワークがなくても、経営会議で継続的にサクセッションの議論をする
これらに共通しているのは、決して完璧な取り組みではないということです。そして、それこそが重要なポイントです。サクセッション施策を進めるうえで大切なのは、完璧な制度を整えることではありません。限られた情報の中でも、より良い意思決定を一貫して行える状況を作ることです。不完全であっても行動を始めた組織からリスクは着実に減少していきます。一方で、完璧な解決策を待ち続ける組織では、その間にも機会損失や人材流出のリスクが高まってしまいます。
優秀なリーダー人材は待ってはくれない
組織にとって欠かせない優秀なリーダー人材は、自社が本気で自分の成長やキャリア開発に向き合っているかを常に見ています。そして、彼らはいつまでも待ち続けてくれるわけではありません。
サクセッション施策が「検討中」のまま時間だけが過ぎるたびに、彼らは「この会社に留まるべきか、それとも他社で成長の機会を探すべきか」を判断しています。
すべてを一度に進める必要はありません。まずは3つのアプローチの中から、一つだけでも取り組んでみてください。最も失うわけにはいかないポジションから着手しましょう。次世代リーダーの育成に関する意思決定を一つ改善する。その小さな一歩こそが、将来の大きな成果につながるのです。
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■執筆者:DDI プロフェッショナルサービス部門 バイス・プレジデント 産業組織心理学者 ケヴィン・タマニニ
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