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経営幹部が人材に関する効果的な議論をするためには

「人材の獲得と定着」は世界中の経営幹部が直面する喫緊の課題

「確かに、今は例年よりも離職率が高くなっており、私たちは大きな打撃を受けています。第1四半期には、前途有望な社員が何人も退職しました。重要な人材が流出しており、その補充ができない状況です。いったいどうしたらよいのでしょうか?」 このことは「大退職(Great Resignation)」と呼ばれる今、まさに離職に悩む人事担当者からよく聞かれることです。経営幹部が人材に関する効果的な議論を行っていないことが多く、深刻な離職問題への対応に苦労しているようです。

MSC/DDIのグローバル・リーダーシップ・フォーキャスト調査でも示されていますが、CEOや人事が今、人材について苦心していることは明白です。The Conference Boardの最新レポートでも、「人材の獲得と定着が世界中のCEOの最優先事項である」ことが言及されています。

この課題に対して、経営幹部と人事部門のリーダーが一丸となって、よい取り組みを行っている組織も多くあります。例えば、リーダーシップ・コンピテンシー・モデルの見直し、革新的なプログラムの立ち上げ、360度診断の実施、最高経営幹部の強力な支援の獲得、といったことを行っています。

しかし、多くの人が見逃している重要なことは、人材に関する効果的な議論を行うことです。経営幹部は定期的にミーティングを開き、現在と将来に必要な能力と今後のリスクについて話し合う必要があります。しかし、このような話し合いの場をどのように設けたらよいのかを十分に理解している経営幹部はあまりいません。

だからこそ、人事が大きな影響を与えることができるのです。本コラムでは、人事部門が経営幹部と人材に関するより良い対話を行う方法について、解説します。そうすることで、経営幹部と人事部門は離職に伴う真の影響を評価し、将来に向けて人材戦略を変えるために何をすべきかを考え始めることができるようになります。

人材に関する議論を効果的に行うための重要な要素

生産性の高い人材育成の文化は、人材に関する効果的な議論を行う能力と統制によって決まります。議論とは、経営陣の間で行われる率直な意見交換や話し合いのことです。

人材に関する議論では、通常、特定の人材に関する以下のような重要な問いを投げかけます。

  • 自社の競争力を高めるのに必要な際立った(および一般的な)リーダーの能力は何か?
  • 次の重要なリーダー階層において、ナンシーには将来の課題に対応する準備がどの程度、できているか?
  • ジュアンのポテンシャルの高さを確認するための極めて重要な質問は何か?
  • スーザンの後継者育成を加速させるために、最も効果的な能力開発は何か?
  • トロイが重要な役割を担った場合のリスクを最小限にするために、私たちは何をすべきか?

これらの問いかけやその他の厳しい質問は、人材に関する効果的な議論を行うための重要な要素です。公式なタレントレビュー(人材評価)プロセスの一部であれ、定期的な経営会議であれ、こうした議論を行うことにより、経営陣の間で基本的な整合性をとることができ、強いコミットメントと行動に対する明確なアカウンタビリティを作り出すことができます。そして、組織の人材を育成するために行っているすべての「良い施策」との関連性と影響力を最大限に高めることができるのです。

今回はこのような重要なポイントを踏まえ、経営幹部が「人材に関する議論」を効果的に行うために必要な5つのポイントをご紹介します。

ポイント1: 人材に関する議論を意図的に行う

本来、これは誰の仕事でしょうか?人材に関する議論の主幹は誰でしょうか?

組織の人材育成に関する最終責任は経営幹部にありますが、経営陣がその責任を果たすために必要な付加価値を提供するのは人事部門の任務です。人事の仕事は、経営陣がアカウンタビリティを果たすために、人材に関する効果的な議論を推進することです。人事が意図的に質の高い人材育成のための話し合いの場を計画し、うまく推進することで、人事に対する社内の「株価」は2倍になります。組織にもたらされる戦略的価値を考えれば、その株価は3倍になる可能性さえあります。

さまざまな優先事項がある中で、私たちはよい考えを実行に移さなければなりません。ある有能な経営幹部から、「ケン、計画にあることは実行されるものだよ」というアドバイスを受けたことがあります。これは、人材に関する議論にも該当します。

 空いている役職があることを期待したり、重要な人材が退職した後で、受動的に後任者を決めるというような成り行き任せにしてはなりません。経営幹部とともに、人材開発サイクル全体の中で、いつ、どのように人材に関する議論を行うかを事前に決めておき、それを実行に移すのです。

ポイント2: ハイポテンシャルとは何かを定義する

人材に関する議論に参加する意欲的な経営幹部は、ハイポテンシャルとは何かについて、それぞれ持論をもっていますが、明確に定義されていないことがよくあります。有能な人事担当者は、自社特有のハイポテンシャル人材の定義を共有することで、経営幹部と事前に整合性をとります。

このような人事担当者は、リーダーシップ・ポテンシャルに関する公式な調査や確固たる研究に基づく情報などを共有し、準備を整えています。そして、経営幹部のコンセンサスを得るために、「今後数年間、我が社の事業戦略の実現を左右する究極のリーダーの能力とは何か?」を問います。

 この問いに答えるには、サクセス・プロフィールなどのフレームワークが有効です。サクセス・プロフィールは事業戦略と求められる人材要件とを結びつけます。また、人材に関する質の高い対話とその後の育成戦略にとって重要な礎となります。

この「リーダーシップ・ポテンシャル」の共通の定義を適用させる際に、回避すべき落とし穴をご紹介します。

1) パフォーマンスとポテンシャルを混同する

パフォーマンスが高いことは、「リーダーへの入場券」(リーダーシップの基礎がしっかりできることの証明)と考えることもできますが、将来リーダーとして成長する可能性を主軸に話し合いをすることで、経営陣は最も有望な人材に焦点を当て、投資を行うことができます。

2) 可能性と確率を混合する

明確な反対意見を伝えることを躊躇して、「確かに、ジャネットがその役割で成功する可能性はありますね(結局のところ、何でも可能ですから)」というような言葉で本音が覆い隠されることがあります。しかし、経営幹部はこのような言い逃れをしてはなりません。

経営幹部の使命は、確率を考慮し十分な情報に基づく意思決定をすることです。有能な人事担当者は、「彼らが次の階層でトップレベルの成果を出すことに、来月の給料を賭けられるか否か」を問います。

3) キャリアに対する候補者の意向を無視する

ハイポテンシャル人材とは、優れたリーダーとして成功する意欲と能力の両方を備えた人のことです。スキルと意志の両方を見極めることの重要性に着目してください。人材育成の責任者として、その人のキャリアゴールと願望を理解し、尊重しなければなりません。

もし、その人が優れたリーダーになる意欲がないのであれば、現時点ではハイポテンシャルとしての基本的な条件を満たしていないことになります。勇気と敬意をもって決断してください。意欲のない人にハイポテンシャル人材と同等の投資をするよりも、価値の高い人材を見極め、育成を強化する良い手段があるはずです。

ポイント3: データを活用して、人材に関する議論の準備を行う

人材に関する効果的な議論を行うためのもう一つの鍵は、アセスメントや意思決定の基となる質の高いデータにあります。採用面接で問題となる評価エラー(ハロー効果やホーンズ効果など)は、対話でも発生する可能性があります。(※リンクは日本語ページに差し替えます)

これは経験したことがある人も多いはずです。新任リーダーがその役割に就いたときに目の当たりにする自身の言動とその影響です。そのことが起きたのは5年以上も前で、しかもたった一度の出来事でしたが、そのリーダーの身近な人たちは、彼がその時の教訓を胸に刻み、それ以来、有能なリーダーになったことを認めています。

特に、大きな部門を管理している経営幹部は、このエラーを起こしやすいと言えます。チームメンバーとの対話の機会が限られているため、一度の出来事(ポジティブであれ、ネガティブであれ)が、その人に対する唯一の印象となることがあります。しかし、これは大きな間違いであり、優れた人材を見落としたり、成長が見られない人材を過大評価したりする可能性につながります。

確証バイアスへの対処:社内で昇進候補の重要なリーダー人材について、あなた自身や他の人が過去の功績を繰り返し話していることはありませんか?人材に関する効果的な議論では、直近の、適切でインパクトのある事例を示し、偏った評判を正し、個人的な好き嫌いや偏った認識を改めるようにします。

人事担当者はすべての人材に公平な機会が与えられ、公正に評価されるようにする義務があります。そのためには、潜在的なバイアス(偏見)に対し、積極的に対処することが必要です。

少なくとも経営陣は社内で一貫性のある基準で候補者を評価しなければなりません。これは標準化された評価尺度を使用し、具体的な行動例によって評価を裏付けることができます。一方、より綿密な評価を行うために、多くの組織がシミュレーションによるエグゼクティブ・アセスメントを活用しています。これらのアセスメントではリーダーの強みと能力開発領域を深く理解するための有効なデータを得ることができます。

どのような場合においても、人事部門のリーダーと経営陣が共に、あらゆる人材が公平かつバランスよく検討されるように努めます。

ポイント4:対話のための適切な口調(トーン)と期待値を設定する

タレントレビューの話し合いは、ビジネスのミーティングと同じように進めることができます。成果を定義し、アジェンダを作成し、事前に資料を送り、目標とする成果に向けて進行し、参加者のバランスをとり、必要に応じ途中で軌道修正をします。

エンゲージメントを最大限に高めるために、以下のことを考慮してください。

  • 主催部門の上級管理職に会議の目的と期待事項を説明してもらう。
  • 経営陣には「率先して発言」してもらう。:彼らは社員のキャリア願望、強み/啓発点、リスク/損失の影響について知っていることを共有し、自社の人材について簡潔に説明する必要があります。
  • 即時の反応と対話を促す。:同意や反対意見、手持ちのアセスメント・データを十分に活用します。
  • 意思決定とコンセンサスを促す。:9ボックスやサクセッション・チャート(重要な役職の現職と次期候補者の名前を入れた組織図のようなもの)、能力開発対象者の選定など、重要な決定事項については、意見の相違や保留がある場合でも、チームを合意に導くように働きかけてください。

このような対話には、絶大な信頼や率直さ、建設的な意図、異なる視点への受容性が求められます。これらはすべて、健全な経営陣の特徴です。

最後に、人事担当者はミーティングの進行役を担うことが多いものの、それだけが任務ではありません。人事担当者は情報に基づく視点を確立し、それを提供するためにミーティングに召集され、報酬を得ているのです。自身の専門的な視点、洞察力、そして提案力を前面に表してください。

経営陣の積極的な参画とオーナーシップを促しながら、これを実現することが重要です。バランスをとるのは簡単ではありませんが、重要なことです。個人的、およびビジネス上の懸念や信念を伝えることを躊躇してはなりません。あなたの意見が重要なのです。

ポイント5: 人材に関する議論に基づく目標と能力開発計画の作成

人材に関する議論をしているときに、ドラマの再放送を見ているような気がすることはありませんか?同じ名前、同じ見解を聞き、幾度も繰り返される懸念を共有し、同じ可能性のあることを再三熟考していませんか?

確かに、経営幹部は何度も検証を要する「難題」に取り組んでいるのかもしれません。しかし、多くの場合、再三「やり直す」ということは、その後の行動に対するアカウンタビリティの決定と割り当てに失敗していることを意味します。

人材に関する議論の決まりごととして、各人の話し合いややトピックの対処について、「誰が、何を、いつまでに」というシンプルなアカウンタビリティを設定します。四半期ごとにチームの進捗状況を確認し、期待されることを精査します。その際、進捗確認として、必ずアカウンタビリティ・チャート(業務遂行にあてられた時間と達成できたことを記入するチャート)を使用します。

執筆者:ケン・キィナァ:エグゼクティブ・コーチング、経営会議のファシリテーション、戦略的人材コンサルティング、経営幹部選抜の専門家

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