【人的資本経営の実践と課題】情報開示で明らかになった男女間賃金格差の理由
2023年3月期から上場企業に人的資本情報の開示が義務化された。各社の女性管理職比率や男女間賃金格差が公表されることによって、女性活躍推進の実情が明らかになってきた。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文) (編集:日本人材ニュース編集部)
目次
1年目は情報開示が義務付けられている指標が中心
2023年3月期決算から上場企業などを対象に人的資本開示が始まり、今年で2年目を迎える。内閣官房は「人的資本可視化指針」を公表し、積極的な情報開示を求めている。
2023年度の開示状況については各調査機関が公表している。就業員数300人以上の企業を対象としたリクルートマネジメントソリューションズの「人的資本開示義務化に関する実態調査」(2023年6月21日)によると、上場企業の経営層(経営者・人事)の中で義務化自体を知らなかった人が22.1%もいた。
「人的資本可視化指針」で示された7分野19項目の中で「取り組むことができている」分野は「人材育成」であり、「リーダーシップ」「育成」「スキル・経験」の項目がいずれも40%を超えている。
一方、取り組みの低い分野は「労働慣行」であり、「労働慣行」が26.8%、「賃金の公平性」が25.0%となっている。ただし、一般社員・管理職との認識の差が大きく、特に「人材育成」では取り組むことができている一般社員・管理職は30%程度にすぎない。また、「取り組むことができていない」と回答した経営層は21.8%だったが、一般社員・管理職は40.5%も存在する。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの「2023年人的資本の測定・開示に関するアンケート調査結果」(2023年12月1日)によると、各種ガイドラインを参考に設定した人的資本指標の11分野51指標について、社外に開示している割合が高い指標は「従業員数」(回答率71%)、「休暇取得に関する数値」(同36%)、「管理職のジェンダー比率」(同42%)などとなっている。
その上で同調査では「企業全体で見ると、各種法律により測定や開示が義務付けられている指標を中心とした社外開示が行われていた」と述べている。全体として人的資本情報の開示は足踏み状態にあるといえる。
人材育成やコンプライアンスの取り組みが先行
●人的資本開示の7分野19項目の中で、取り組むことができていると思う項目
(出所)リクルートマネジメントソリューションズ「人的資本開示義務化に関する実態調査」
女性の管理職比率は5%未満の企業が約半数
では法律等に基づく人的資本情報の開示はどうなっているのか。2022年7月の女性活躍推進法の省令改正で義務づけられた男女間賃金格差の開示、2023年4月1日に施行された男性の育児休業取得状況の公表義務化、この2つに加え、「女性管理職比率」の公表が2023年3月決算の有価証券報告書に記載することが求められた。
日本生産性本部の「有価証券報告書における人的資本開示状況」( 速報版、8月2日) では、2023年3月末決算の東証プライム上場企業のうち、6月30日時点で開示があった1225社について分析している。男性の育休取得率については、50%以上の企業が44.9%を占めた。80%以上が19.2%と、5社に1社の割合だ。
厚労省も従業員1000人超企業の取得状況(6月1日時点)を公表している(「令和5年度男性の育児休業取得率の公表状況調査」)。調査時点ですでに公表している企業の割合は58.3%(1066社中621社)。回答した企業の男性の育休等取得率は46.2%と高い。そのうち育児休業平均取得日数を集計している企業の育休取得日数の平均は46.5日だった。
男女間賃金格差については、男性を100とすると女性は70.8%(全体平均)。男女間に30%近い格差があることがわかった。最も多かったのは70~75%未満の251社、続いて75~80%未満の236社だった。
一方、70%未満の会社は460社。全体の42.5%を占めている。もう1つの女性の管理職比率については、5%未満の企業が全体の48.2%、15%未満が84.1%を占めるなど、上場企業でも依然として低いことがわかった。
男女間賃金格差が大きい「金融・保険」業界
ところで紹介した男性育休取得率、女性管理職比率、男女間賃金格差の統計で気になる点もある。男性の育休取得に熱心な企業ほど女性の活躍推進に注力し、その結果、女性の管理職比率も高くなると思われる。女性の管理職比率が高まれば、当然、男女間賃金格差も縮まると予想される。ところが、必ずしもそうなっていない業種もあった。
その典型が「金融・保険業」だ。日本生産性本部が調査した業種別の男性育休取得率は「金融・保険・不動産業」がダントツの82.6%。2位の「農林水産業」の73.5%を除くと、他の業種を大きく引き離している。これは労働者全体でも変わらない。
厚労省の調査で最も高かったのは「金融業、保険業」の37.28%だった(「雇用均等基本調査」)。また、女性管理職比率でも「金融・保険・不動産」は、サービス業の19.5%に次ぐ2位の14.8%である。全体では決して低くはない。
一方、男女間賃金格差は業種別で最も格差が小さかったのは情報通信業の75.4%だが、金融・保険・不動産業は64.7%と、全業種の中で最も格差が大きかった。
男女間賃金格差については、日本経済新聞が2023年7月10日までに厚労省のデータベースに開示した約7100社の集計・分析結果を発表している(2023年7月14日朝刊)。それによると、主要32業種で男女間の賃金格差が最も大きかったのは金融・保険の39.9%だった。男性100%に対し、女性は約60%にとどまっていた。
目標数値と達成時期を記載している企業は少ない
●提出企業の「女性管理職比率」の目標数値と達成目標時期
●提出企業の「男性の育児休業取得率」の目標数値と達成目標時期
●提出企業の「男女間賃金差異(全労働者)」の目標数値と達成目標時期
メガバンクの男性育休取得率や女性管理職比率は高い
メガバンクの個別企業を見てみると、みずほフィナンシャルグループをはじめとする各ホールディングスの有価証券報告書によると、みずほ銀行の男性育休取得率は106%、女性管理職比率(課長相当職以上)は18.7%だ。三井住友銀行は男性育休取得率が88.9%、女性管理職比率は23.7%。三菱UFJ銀行の男性育休取得率は90%、女性管理職比率は25.2%だった。
3行とも男性育休や女性活躍ではずば抜けて優秀だが、一方で男女間賃金格差は大きかった。みずほ銀行の男性の平均年間賃金に対する女性の平均年間賃金の割合は41.8%(全労働者)、正社員の間でも43.1%。三井住友銀行は45.4%(全労働者)、正社員間は52.0%。三菱UFJ銀行は49.6%(全労働者)、正社員間は52.7%だった。
男性育休取得率、女性管理職比率が高いのに男女間賃金格差が大きいのはなぜか。一般的に賃金決定の要因としては、性別以外に学歴、勤続年数、職種、役職も加味される。年功的賃金制度が多い日本企業では勤続年数が重視される傾向がある。
また、役職に就いている女性が男性より少なければ全体の格差の要因にもなる。こうした点を考慮し、厚労省は数値の公表だけではなく「男女の賃金の差異の説明」も推奨している。
雇用区分の違いがもたらす男女間賃金格差
三井住友フィナンシャルグループは「同一職種における男女の差異はありませんが、職責・賃金が高い管理職への女性登用が男性に比べ進んでいないこと等から差異が生じております。賃金の差異の縮小に向け、管理職への女性登用の促進・育成等に取り組んでおります」(有価証券報告書)と述べている。上位役職者に男性が多く、女性登用が進んでいないといっても女性管理職比率は23.7%と、他の企業に比べて高い。
男女間賃金格差が大きい理由について、みずほフィナンシャルグループは「役職ごとに比較すると、上位の役職における差異は90%台です。なお、差異の要因は転勤区分の有無によるものです」と説明し、賃金差異の主要因について「男性の方が、①上位役職者が多いこと②給与水準が高い全国転勤有の区分の社員が多いこと③勤務時間が長いこと等によるものです」(有価証券報告書)と述べている。
みずほが指摘しているように全国転勤の有無など、雇用区分によって給与水準が違うからであろう。三菱UFJフィナンシャル・グループはコース別の賃金格差も公表しているが、総合職は65.9%、BS/地域職で91.8%となっている。そして「男女賃金格差の主因は、総合職とBS職・地域職(証券)のコース別賃金の差分と、各コースにおける男女比率の相違、女性管理職比率や上位階層に占める女性比率の低さ等にあります」(有価証券報告書)と説明している。
つまり総合職に男性が多く、BS/地域職に女性が多いが、総合職の賃金水準が高い。BS/地域職に女性管理職が多く、全体の女性管理職比率は高くなるが、結果として男女間賃金格差が大きくなっているということか。
金融・保険業には同じ正社員でも総合職・一般職だけではなく、地域限定社員、営業職など給与体系が異なる雇用区分が多い。例えば同じ課長でも雇用区分が違えば給与も異なる。男女間賃金格差の開示によって女性活躍推進の新たな課題が炙り出されたといえる。
政府は男女間賃金格差解消のアクションプランを要求
みずほフィナンシャルグループは今後の方針として「現在全国転勤有無の区分の違いにより異なっている給与体系を2024年度に一本化する予定です」と述べる(有価証券報告書)。三菱UFJフィナンシャル・グループも「2025年度には総合職とBS職のコースの垣根を解消し、『プロフェッショナル職』を新設する予定です。これにより、コース区分等にとらわれず、自律的なキャリア形成を後押してまいります」と述べている(有価証券報告書)。
実は金融・保険業の男女間賃金格差については政府も注視している。各省庁を横断して組織する「女性の職業生活における活躍推進プロジェクトチーム」(座長・矢田稚子首相補佐官)は6月5日、男女間賃金格差の課題と対応策を盛り込んだ中間取りまとめを公表した。その中で格差が大きい金融業・保険業など5つの産業に対し、今年中に格差解消に向けたアクションプランの策定に着手するよう求めた。
中間取りまとめでは、男女間賃金格差が比較的大きい①金融業・保険業、②食品製造業、③小売業、④電機・精密業、⑤航空運輸業―の5産業について、業界ごとの現状と課題を分析。たとえば金融業・保険業では、総合職における女性比率が1~2割のケースが多い一方、一般職・営業職の女性比率は9割に上る。その要因として、転勤や長時間労働を敬遠する女性が多いことや、明確なコース別雇用管理の影響が残っていること、「窓口業務は女性」といった意識・慣行の存在を挙げている。
政府はアクションプランの効果的な策定・実行を後押しするため、厚労省の女性の活躍推進企業データベースを改善するなどして、格差の「見える化」を促進することにしている。
人的資本情報の開示は、投資家だけではなく、学生をはじめ求職者も注目している。初年度の2023年度は情報の開示に及び腰の企業も多かったが、2年目となる2024年3月期の決算の開示しだいによっては、株価のみならず人材採用にも影響するかもしれない。
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溝上 憲文 人事ジャーナリスト
新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)など。
配信元:日本人材ニュース