コーチング文化の醸成が競争力を高める秘訣
組織において、なぜコーチングが重要か?
あなたの好きなスポーツチームを思い浮かべてください。野球でもサッカーでもバスケットボールでも、チームの成功はコーチという重要な役割に大きく左右されます。コーチは戦略を立てるだけでなく、選手とつながり、彼らをやる気にさせ、スキルを伸ばします。組織においても、コーチングは同様に重要です。組織にコーチング文化を醸成することは、単に機能するチームと優れたチームとの違いを生む要因となります。
MSC/DDIのグローバル・リーダーシップ・フォーキャスト2023調査によると、リーダーの約40%が、上司から適切なコーチングを受けていないと回答しています。このことは、組織全体で確固たるコーチング・スキルを身につけることが急務であることを浮き彫りにしています。また、コーチングはリーダーが最も向上したいと考えているスキル領域でもあります。実際、調査対象となった人事担当者の85%が、今後3年間でリーダーが習得すべき重要なスキルとして、コーチング・スキルを挙げています。
これらの洞察は、コーチング文化への投資が単なる贅沢ではなく、必要不可欠であることを明確に示しています。コーチングを優先事項とすることで、組織はリーダーに力を与え、チームのパフォーマンスを高め、持続的な成功を収めることができます。 しかし、優れたコーチング文化を築くには何が必要でしょうか?本コラムでは、コーチング文化を醸成するメリット、そのためのステップ、潜在的な障害、そして、リーダーが果たす重要な役割について、解説します。
コーチング文化とは?
コーチング文化が根づいている職場では、コーチングは日常業務において当たり前のこととなっています。コーチングは日々のやり取りに組み込まれ、継続的な学習や能力開発、成長を促します。 コーチング文化の本質は、従来のヒエラルキーの組織構造から、人々に力を与え、協力的なアプローチへ転換することを意味します。それは、オープンなコミュニケーション、積極的な傾聴、示唆に富む質問によって、個人とチームの潜在能力を引き出します。
コーチングに関する最大の誤解のひとつは、コーチングがトップダウンで行われるものであり、上司や経験豊富な従業員が下位の従業員をサポートするものだ、ということです。しかし、健全で効果的なコーチング文化では、階層や役職に関係なく、チームメンバー全員が、互いに最善を尽くせるように支援しあいます。これは、全員が新しいスキルを学び、実践し、成長するための安全な空間を作り出すことを意味します。
リーダーと部下の間のコーチング関係は重要ですが、従業員は同僚からのコーチングも必要です。そしてリーダーも部下からのコーチングを必要としています。
重要なのは、成長するためには誰もがフィードバックを必要としており、学ぶことに対してオープンでなければならないということです。結局のところ、リーダーはあらゆることに長けているわけではありません。組織図のどこに位置していても、他者からのコーチングやフィードバックが必要なのです。 コーチング文化をうまく醸成するためには、リーダーには他者をコーチングし、動機づけ、育成する能力と自信が必要です。コーチングを受ける人の実質的なニーズと心理的なニーズの両方を考慮した、より良い対話の仕方を学ばなければなりません。
コーチング文化を醸成するメリットとは?
コーチング文化の醸成は、従業員の満足度を高めるだけではなく、組織全体を抜本的に変革する力があります。MSC/DDIのグローバル・リーダーシップ・フォーキャスト2023調査によると、そのメリットは個々の従業員から組織全体に広がり、大きな影響を与えることが明確に示されています。
まず、コーチングが個人に与える大きな効果を考えてみましょう。上司から質の高いコーチングを受けているリーダーは、以下のような成果を得ています。
- リーダーとしての明確なキャリア開発の道筋があると感じる確率が4.3倍高い
- 優れたリーダーになる責任があると感じる確率が2.7倍高い
- より高い役職に就くために転職する必要があると感じる確率が1.5倍低い
- 退職するつもりであると回答する確率が1.8倍低い
このことは、より安定的に自身の仕事や役割に従事し、成長指向の強いリーダー層につながります。
しかし、優れたコーチング文化のメリットは、個人の成長だけにとどまりません。コーチングを重視する組織は、全社的に目覚ましい成果を上げています。優れたコーチング文化を有する組織には、以下のような特徴があります。
- 業績上位10%の組織になる確率が1.5倍高い
- 働きがいのある会社に選ばれる確率が1.6倍高い
- 優秀な人材のエンゲージメントを高め、定着させる確率が2.9倍高い
さらに、直属の上司や社外のメンターによるコーチングを活用している組織は、より優れたリーダーの供給体制を有し、より多くのリーダーを社内で登用しています。ハイポテンシャル人材のパイプラインを維持することは、厳しい労働市場において、極めて重要な利点となります。
一方で、効果的なコーチングが行われていない場合、重大な悪影響をおよぼす可能性があります。上司のコーチングが効果的でない場合、ハイポテンシャル人材が離職する確率は2倍高くなります。上司から質の高いコーチングを受けている場合、今後1年以内に退職する意向を示すハイポテンシャル人材は、わずか11%であるのに対し、そうでない場合は20%となります。 つまり、コーチング文化の醸成は、単に有益であるだけでなく、組織の成功に不可欠なものとなりつつあります。個人の成長を促進することから組織の業績向上まで、そのメリットは見逃すにはあまりに大きいものです。
コーチング文化を醸成するためのステップ
コーチング文化を醸成することで得られるメリットを実現するために、ここで、5つの重要なステップをご紹介します。
1. 経営幹部の支援を得る
風土改革を成功させるには、多くの場合、経営トップから始める必要があります。経営幹部は、会議や1on1、非公式な対話の中でコーチングを行う時間を確保しなければなりません。そして、最も重要なことは、経営幹部が「有言実行する」姿を見せることです。
リーダーが効果的なコーチングを行うための3つの重要な要素があります。
- 上司や正式なメンターが、コーチングの良い模範を示す。
- リーダーは客観的なアセスメントを活用し、自身のコーチング・スキルに関するフィードバックを得て能力開発の指針とする。
- リーダーはコーチングの影響を理解し、自分の総合的な成果や効果に結びつける。
経営幹部が言葉だけでなく行動でコーチングを支持することで、組織全体に強力な模範を示すことができます。
2. あらゆるリーダーにコーチング・スキルを習得させる
2つ目のステップは、あらゆる階層のリーダーにコーチング・スキルを身につけてもらうことです。プロジェクト・マネジャーなどの非公式なリーダーも含め、中核となるリーダーシップ・スキルを構築するためのトレーニングを提供することが最善の方法です。
コアスキルは、感情知性(EQ)とコーチングの組み合わせで、リーダーの役割を担う準備や将来のための学習・改善に役立ちます。リーダー自身が成長を支援するためのツールにもアクセスできるようにすることが理想的です。 そのため、多くの組織が、リーダーを優れたコーチに育成するための確固たるラーニング・ジャーニーを構築しています。その結果、先に述べたようなメリットをもたらすコーチング文化の醸成に向けて、大きな一歩を踏み出すことができます。
3. 従業員が職場でコーチング・スキルを適用することを促す
次のステップは、トレーニングで学んだスキルを仕事に活かすことです。このことはシンプルで、当たり前のように思われますが、リーダーが成功するために必要なコーチングをどのように実践すればよいでしょうか?
まず、リーダーには行動計画が必要です。学習者のグループに対して能力開発施策を行うのは一般的ですが、すべてのリーダーが組織のビジネス上の優先事項と行動を結びつけるような、個別のフォローアップ計画を立てることが重要です。組織によっては、コーチングの機会について話し合ったり、経験や学んだ教訓を共有したりするために、小グループのフォローアップ・セッションを実施しています。
また、ピア・コーチングやオンラインのコーチング・シミュレーション、1~2分でフィードバックが得られるアプリを活用する人もいます。何よりも、全員が練習し、学んだことを実践し、進捗状況に対するフィードバックを得ることを奨励する環境と行動計画を作ることが重要です。 スポーツ選手やアーティストがどのように才能を磨いているかを考えてみてください。彼らは定期的に(毎日)、長時間練習しています。彼らは他者からのフィードバックを求め、フィードバックを得ることを期待しています。良いコーチになるためには、同様のコミットメントレベルと献身が必要です。そして、その献身とコーチングの機会が組み合わされれば、コーチング文化の醸成に向けて、大きく前進することができます。
4. アカウンタビリティを明確にする
優れたコーチング文化をうまく醸成するには、全員が自分の役割に責任をもつ必要があります。往々にして、リーダーだけがコーチングを提供したり、チームにコーチング方法を教えたりする責任を負わされます。しかし、真のコーチング文化では、全員がコーチングの責任を担い、階層や役職に関係なく全員がコーチングを受けています。
効果的なコーチングの成果として、リーダーは支援され、意思決定に対して自信をもてるチームを構築します。その結果、従業員は自分のパフォーマンスに責任をもち、上司は他者をどのようにコーチングするかに対して責任をもつことを促すようなアカウンタビリティの体制が構築されます。 あなたの組織がこのようなレベルのアカウンタビリティを備えているかどうかを確認するにはどうすればよいでしょうか?それは、あらゆる階層の従業員が、定期的にコーチングの対話を行っている状態です。
5. 効果と投資利益率を測定する
最後に、自社のコーチングの取り組みの効果と投資利益率(ROI)を測定することが重要です。誰がうまくコーチングを行っているか?コーチングはどれくらいの頻度で行われているのか?その結果、どのようなビジネス成果があがっているのか?これらの情報を活用することで、コーチング文化の何がうまく機能しているのか、何を改善する必要があるのかを把握することができます。
ROIを測定する最初のステップは、コーチング文化が影響を与えるべき指標を特定することです。一般的な指標として、従業員のエンゲージメントや定着率、生産性、顧客満足度などがあります。 次に、特定した測定基準に関する定量的・定性的データを長期にわたって収集し、分析して改善点や傾向を見つけ出します。コーチングをビジネス成果の向上に結びつけることができれば、コーチング文化の価値が証明されます。コーチング文化のROIを測定することで、組織はデータに基づく意思決定を行い、コーチング・プログラムを最適化し、従業員の成長とパフォーマンスを継続的に向上させることができます。これは、個々の従業員に利益をもたらし、組織全体の成功と成長に寄与します。
コーチング文化の醸成におけるリーダーの役割
リーダーは、従業員の成長を促し、組織を成功に導くコーチング文化を醸成するうえで、重要な役割を果たします。
リーダーがコーチングのロールモデルとして行動することで、チームを鼓舞し、やる気を引き出し、コーチングへのコミットメントを示します。この姿勢は他のリーダーにも影響を与え、彼らもコーチングを取り入れたいと思うようになります。リーダーがコーチングの対話を実践することで、コーチングが成長の重要な一部であることを示すことができます。
また、リーダーはコーチング・スキルや知識を高めるためのトレーニングを提供し、練習やフィードバックの時間を確保することも重要です。そのためのリソースや支援を提供しなければなりません。 さらに、パフォーマンスに関する話し合いにコーチングを組み込むことも重要です。これにより、定期的なフィードバック、目標設定、能力開発計画が促進され、コーチングをパフォーマンス・マネジメント・プロセスの一部として、組織の文化に根づかせることができます。
コーチング文化の醸成に伴う課題を克服する方法
組織文化を変えるのは容易ではなく、行動変容が必要です。組織文化には時間の経過と共に積み重なる多くの要素が含まれます。これには、慣習的なやり方、象徴、職場のレイアウトや内装、価値観、無意識の思い込みなどが挙げられます。基本的に、誰かが組織と関わるときに経験するすべてが、組織文化の一部となるのです。 では、既存の文化の中で効果的なコーチング文化を築くにはどうすればよいのでしょうか?以下に、具体的な5つの方法をご紹介します。
1. ステークホルダーの支援を促す
社内コミュニケーションは、コーチング文化を醸成する重要性について、全員の理解を一致させるための重要なステップです。そして、最高経営幹部からの支援は不可欠です。彼らはコーチングの価値や、リーダーがどのように実践できるかを、組織全体に伝えなければなりません。
2. 良い成果を強調し、奨励する
効果的なコーチングが組織文化の一部として、当たり前のように行われている状態が最終的な目標です。では、どうすれば実現できるのでしょうか?リーダーは、コーチングの重要性を伝えるだけでなく、優れたコーチとして、良い手本となり、模範行動を他の人たちに示す必要があります。
あらゆる階層のリーダーが口先だけでなくやるべきことをしっかりと実行し、組織の価値観に沿った行動をとるように、従業員に促す必要があります。良いコーチングの事例や成果を取り上げ、それに報いることは、効果的なメッセージの伝達方法です。
3. メリットを明確に伝える
コーチング文化の醸成と定着に責任をもつ者として、「そんな時間はない」といった言い訳を受け入れてはいけません。コーチングはリーダーの仕事の中で最も重要なものであるという信念を浸透させる必要があります。では、どうすればよいでしょうか?
コーチングが全員から期待されていることをリーダーに納得させるには、そのメリットを明確に伝える必要があります。そのメリットは、組織やチーム、リーダーによって異なるかもしれませんが、これらのポイントに触れることが、全員の理解と賛同を得るうえで非常に重要です。
4. コーチングを評価ツールとして使用しない
従業員は必ずしもコーチングに前向きではありません。多くの人は、コーチングをある種の否定的なフィードバックと捉えています。例えば、「あなたはうまくできていないので、改善方法を教えますね」といったようなことです。
コーチングの目的は、より良い成果を引き出すことであり、評価ツールとして使うべきではありません。さらに、コーチング文化を築くということは、全従業員がコーチングを受けると同時に、同僚のコーチとなることを求められます。
コーチングに対する一般社員からの反対意見は、リーダーからの反対意見と同様です。
- 時間がない
- 機会がない
- やり方がわからない
重要なのは、彼らがコーチングを自分の業務に追加して行う必要はないと示すことです。むしろ、日常業務を調整してコーチングを組み入れる必要があります。
5. マインドセットとしてのコーチングを推進する
コーチング文化を創るという概念を全員が理解した後、具体的な行動計画を期待するでしょう。
しかし、それは単純なことではありません。コーチング文化の醸成とは、コーチングのマインドセットを促進することです。また、その場その場の状況に対応できるリーダーを育成することでもあります。単にチェックリストを確認するために、コーチングという名の介入的なミーティングを行うのではなく、その場の状況に対応できるリーダーを育成することが重要です。
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■執筆者:DDI社 リーダーシップ戦略パートナー ブルース・コート
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